創作小説『ガラスの少女』#3
#2の続きです。
清水さんの話した“誰にも言わないで欲しいこと”とは、はっきりいって誰かに話したとしても、到底誰も信じてくれなさそうな内容だった。
目の前で実演してくれてもまるで夢のようなことで、聞きながら変な顔をしてなかったかすごく気になってしまう。
曰く。清水さんは、“ガラスを食べる一族”らしい。
お父さんがその一族の出身で、清水さんもそういった体質に生まれてきたそうだ。近年はガラスのみを食べる人は少なくなってきていて普通に食事をする人もいるそうで、清水さんの弟はガラスを食べられないらしかった。
事情を話しながら彼女は観念したようで、時々ビー玉を摘んでいる。ぽりぽりと食べる様子は、昼休憩にスナックを一緒に食べているようにも見えるが如何せん彼女が噛んでいるのはガラスの玉なのだ。わたしは昼ごはんを食べ損ねているのにと、勝手についてきたのに理不尽に感じた。
「個人差がね、あるの」
綺麗な手がビー玉を一つつまむ。そのまま、わたしと彼女の顔のちょうど真ん中にガラス玉を持ってきた。
黄色と白が混じり合ったガラス玉は、窓から差し込む日光に当たりより一層輝いて見える。
「個人差? なんの?」
「食べられる範囲の」
にこりと笑って、光にかざしていた黄色いビー玉を口の中に放り込む。本当に自然に食べるから、あれがガラスだと知らなければ飴だと思いこんでいるだろう。
「ガラスだけの人もいれば、普通の食事だけの人もいる。どっちも食べる人ももちろんいるの」
「……清水さんは」
「わたし? わたしはガラスだけ。……正確には食べられないこともないんだけど、美味しくないんだよね」
言っていることの意味がよくわからずに、彼女の顔を正面から見る。小さく笑って清水さんは続けた。
「普通のご飯は味がしないの。だから、あんまり食べたくなくて」
それを聞いて納得した。だから打ち上げには参加しなかったのかと。そういえば文化祭なんかもクラスの展示当番の時以外はどこかにいっていたみたいだったと思い出す。屋台を物色したりもしないんだろう。
気づいたことには触れずに気になったことを口にした。
「ねえ。ガラスってどんな味?」
考えるように視線を落として、清水さんが黙る。無意識なのか少し唇を突き出していた。
「……このビー玉は冷たくて、ちょっと甘くて酸っぱい感じ、かな」
わたしの反応を伺うようにこちらを見る。
「あんまり、みんながどんなふうに感じているものなのかわかんないんだけど」
「……そっか」
わたしが大した反応を返さなかったからか、彼女は安心したような顔をした。その顔は今まで見た中で一番柔らかい顔だった。
「誰にも言わないよ」
初めに確認されたことを、もう一度繰り返した。今度はわたしが念を押すように頷いてみる。
滑稽に見えるほど真剣な顔をしていたと思う。自分の顔を想像すると恥ずかしいくらい。でも、清水さんはそんなわたしを笑わずに笑顔を返してくれた。
「ありがとう」
さっき彼女が食べていた黄色と白の綺麗なビー玉。
あれはきっと、彼女にとって甘くて酸っぱいレモンミルクみたいな味なんだろうなと思った。
なんとなく、わたしと清水さんの壁が少し薄くなった気がした。秘密を共有したせいか、それとも。そもそも今までこんなにたくさん話したことがなかっただけか。
緊張していた空気がゆっくりと流れ出す。気持ちに余裕が出てきて、わたしはこの部屋を見渡してみた。
ロッカー室ほどのとても狭い部屋だ。物置、と表現した方がいいかもしれない。角部屋で、普通の教室のように窓はある。机が4組。ロッカーが三つと背の高いラック。ラックにはどの段にも無造作に資料や教材が積まれている。机と同じように余ったものだろう。余り物を置きにくるのか、畳まれたパイプ椅子や壊れかけたバドミントンのラケットなんかも隅に立てかけてあった。
雑然とした小部屋に、観察すればするほどなんの部屋かわからなくなった。各棚には一つずつ竹細工の置物があったり、ビー玉の詰まった透明な瓶が飾ってあるのも見つけた。ますますわけがわからない。
教室であれば教壇の位置にホワイトボードがあった。一般的にクリーナーやペンを置いておくはずのトレイには、なぜか竹とんぼが三つ刺さっている細長く切られた発泡スチロール鎮座していた。
「何あれ……」
ずっと唖然としていたが、思わず口に出てしまった。モグモグと昼食を再度摂り始めていた清水さんがパッと顔を上げる。
「なに?」
「あ……っえっと、竹とんぼとか、置物とか何かなって……」
「ああ、これ……。前この部屋を使ってた部活の置き土産なの。遊ぶ?」
そういうと、わざわざ発泡スチロールや竹細工のカゴをとってきてくれた。平たいカゴには色とりどりのガラスのおはじきが載っている。
「前の部活?」
「そう。ここ、前は竹細工同好会っていう同好会の部室だったらしいんだけど、去年廃部になってね。もともと物置みたいなものだから、余った竹とか作品とか、色々置いていっちゃったみたいなの。わたしもたまに遊ぶよ」
竹とんぼと言いながら、清水さんはカゴをひっくり返して机の上におはじきを広げた。その様子を見て、まだ昼ごはんが済んでなかったらしいと思う。
「へえ……」
「……ちょっと、違うよ。食べないからね」
「え、ご飯じゃないの⁈」
「もうお昼は食べたもん! そんなに食べない!」
ジトリとした視線を向けた後に、顔を赤らめて反論してくる。そんな清水さんを見て、彼女基準でビー玉一袋以上は大食い認定らしいことを悟った。よくわからないがきっとガラスが主食の人たちにとってはそうなのだろう。
「これはわたしの部活で使うの!」
ジャラジャラと机におはじきを広げ、両手を広げてそれらを指し示した。何がしたいのかわからず首を傾げて様子を伺う。
「ここは今、伝統遊戯倶楽部の部室です!」
「でんとう、ゆうぎ……」
「そう! おはじきとかビー玉とか、竹とんぼ、縄跳び、百人一首かるたなんかの、電子に頼らないゲームで遊ぶ倶楽部なんです!」
「………………。本音は……?」
さっきの勢いはどこへやら。ちょいと指でおはじきを弾いて、清水さんは気まずそうに視線を逸らした。
「……ビー玉、持ち歩いていても怪しまれないための部活……。で、でも、ちゃんと部活申請して許可取ってるから! きちんと週一くらいで縄跳びや鉄棒に挑戦してるし!」
時折放課後、彼女が体操服を着て何かをしにいっているのをみかけていたのはこのせいだったのかと、また一つ謎が解けた。部活にも入っていないくせにと、グランドに向かう最中の実里たちに目撃されていた時はヒソヒソ言われていた。わたしは体育の居残り練習かと思ってた。清水さん、割と体育では授業で浮くくらい運動できないから。
「前の部活自体が適当だったみたいで、わたしの部活もそんなに審査されずにすんなりとおったけど……。顧問もいないようなもんだし、部員も一人だし……。そっちのが都合いいんだけどね」
少しだけしょぼんとして机の上のおはじきを見つめた後、明るく顔を上げた。
「ねえ、丸山さんはおはじきしたことある?」
「おはじき……は、したことないかも。竹とんぼやお手玉は小学校の時にやった気がするけど……」
昔あそび、とかいう授業が確か1・2年生の頃にあったはずだ。鞠つきや竹馬を同級生たちが奪い合っていた記憶が微かにある。なんとなくおはじきの遊び方は知っているが、ビー玉はどうやって遊ぶのかも知らない。
清水さんの意にそう返答かなと考えていると、うんうんと顎に手を当てて頷きながら一人で納得していた。
「なるほどね。そっか。ああでも、お手玉はいい考えね。作るとこからやれば結構時間かかるし部活っぽいわ」
外に出なくてもいいしとさらにぶつぶつ呟いている。週一で縄跳びという先程の言葉を聞いた時にも思っていたが、あまり運動はしたくないみたいだった。
そのままパチパチとおはじきを弾き始めた清水さんの指先を見ていたら、5時限目の予鈴が鳴った。もうこんな時間かと驚く。慌てて立ち上がると清水さんは申し訳なさそうにわたしに声をかけた。
「ごめんなさい。時間取っちゃった。丸山さんご飯まだだったんでしょう? 落とし物届けてくれてありがとう」
「ううん。今日はまだお腹空いてないから大丈夫。先戻るね」
ドアの前まで歩いていく。開けて、振り向いて清水さんを見ると、机の上のおはじきをかき集めていた彼女もこっちを見て手を振った。
わたしも小さく手を振りかえしドアを閉める。
続き→#4