【読書感想】自転しながら公転する
自転しながら公転する/山本文緒
『自転しながら公転する』 山本文緒 | 新潮社
グサグサとアラサー女性の心を突き刺しながら、たまに光を見せてくれる小説で、「たしかに私の日常にも、こんな苦しみがあったな」と思い出さずにはいられない本。主人公がアラサー独身女性というありがちな設定に思えるが、読者に痛みを与える方法が説教臭くなく、読み心地が悪くないのだ。泥臭く日常を必死に生きている人目線で書かれているので、安心して読める。
最近独身アラサー女性を主人公に据えた「お仕事も恋愛も家族も問題だらけだけど私頑張って生きているぞ」感あふれるドラマとは、まったく異なっておいると思っていただいていいと思う。いや、読んでいると本当にしんどくていたたまれなくなるのだけれど、それもまたいいと思える一冊である。
読み終えたその日、私はその時点での感想として以下のようにSNSを更新した。
『都の視界が開ける瞬間、同じく読み手も心のモヤが晴れたような気分になる。 都の人生は特別波瀾万丈ではなく、日常で起こりうる話。 自分の価値基準がグラグラな人間が不安をかきけすために前に進むしかないと思えるお話。価値基準がグラグラなままでいいんだ。』
私はSNSでたくさんの方が紹介しているたくさんの本に出会い、気になったものを読んでいくことが多々あるので、SNSではネタバレにつながる記載は避けている。ここでは少し内容に触れつつ、本書の何がいいのか、解いていきたい。
その1:面倒なことが起きるスパンが短い
みなさんの日常ってこんなものんじゃないですか?嬉しいこと、幸せなことが短いスパンでたくさん起きてほしいけど、実際は面倒なこと凹むことの方が多くて、スパンも短い。先週も嫌なことあったのに、今週も嫌なことあるのですか?本当に言っています?と神様に問いたくなるような日常を過ごしている現代人にとって、ものすごくリアルなスパンで面倒ごとが起こる。職場の人間関係、上司と後輩たちの板挟みになり、面倒なことばかり。恋人は何考えているかわからないから、なかなか進展しない。父親の思いも母親の思いもわかるけれど、30歳過ぎても小言を言われるのも辟易する。
小さな幸せを見過ごさず生きていくことが必須スキルになって現代社会を生きる私は、「現実は面倒なことの方が多いよね」と言ってくれているようで親近感を覚えた。
その2:幸せは長く続かない
本当に全然長く続かない。多くを望まないから、この幸せな状況・感情を毎日ずっと味わっていたいと切に願っても、幸せには終わりがくる。
この本が好きだなと思ったのは、本の序盤で都の母親、桃枝の更年期障害の症状が落ち着いたと思い、都はまた自由に自分の人生を生きられるのではと期待を胸に抱くのだが、すぐにまた桃枝の症状は悪化してしまうときだった。
幸いにも自分の母親は、本書の桃枝ほど更年期障害に悩んでいないように思うが、もし自分が都の立場だったらと考えると都の落胆する気持ちがよくわかった。桃枝の更年期障害の症状が落ち着いたときは心底嬉しく涙したし、また症状が悪化したときは、私は自分の人生を犠牲にしてこの家に居続けなければならないのか、未来が見せない生活に息が苦しくなった。
でも、これもまた現実的で日常的な展開である。
その3:どうしようもない人間ばかりである
どうしようもない恋愛をしている都と貫一が頭に思い浮かぶが、これは主人公たちに限った話ではない。都の友達二人、職場の人たち、そしてまあ言ってしまえば都の両親も、どうしようもないところがある。昭和の価値観で生きている父親とそれに甘えて今まで自分の人生をどうにかしようと考えることが少なかった母親。
たしかに、私も含め世の中どうしようもない人でいっぱいである。どうしようもないなりに、苦しみもがき、後手に回って自分の人生もう色々手遅れかもと思いながらも、なんとか自分の意思をもって人生を生き抜いている。
本作はまさに自分の価値基準がグラグラな都が立ち止まったり後悔したりしながらも、自分の中にある不安を払拭するために前に進んでいく話である。物語の後半で都が言った言葉が忘れられない。不安で仕方ないから、不安をなくすために前に進もうと貫一に感情をぶつけるシーンである。
まさに私もそうだと思った。
なにか明確な目標や価値基準があって、それを叶えるために能動的に行動を起こすことが望ましいのだろうと思うが、実際私は不安になって、どうしようどうしようと苦しんで、その中でなんとか絞り出した答えに希望を抱いて、少しずつその答えに近づけるように生きている。
なにかドラスティックに日常を変えることなんてしない。
日常の中で、現実と向き合いながら、少しずつ少しずつ自分の理想に近づけるように生きている。遠回りもするし、うまくいかないことだらけで、どうしようもなく絶望を感じる時もある。どうしようもない人間だなと自分を嘲笑したりもする。
でも現実って、私たちの日常って、こんなもんじゃないだろうか。
まとめ
日常的過ぎて、等身大すぎて苦しい本作ではあるが、だからこそ主人公たちの人生を共に生きることができる。
都と重なる部分については、少し苦しすぎてどうにかなりそうだったが、読み終えてみると、それもまた良かったなと思える長距離マラソンのような本である。
ぜび、この記事を読んでくださった方にも主人公都と一緒に長距離マラソンを走破していただきたい。