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【感想】短篇映画『undo』を観た

1994年6月4日公開/45分
ネタバレについて配慮しておりません。
未視聴の方はお気をつけください。

 劇場版『NIGHT HEAD』がおもしろく、豊川悦司の他の役柄がもっともっと観たくなって借りてきた作品のひとつ。

「ちゃんと縛ってよ」

 私ができる想像の範囲外のことはこの世の中にたくさんあるに決まっていて、だからこういう愛もあり得るかもしれない、と画面を観ながらしばらく思っていた。でもやはり観るにつれて思ったのは、愛というのは一歩間違えるとかなしい狂気になってしまうということ。

恋愛映画というジャンルに収まってはいるが、序盤の二人の姿から徐々に変調をきたしていく彼女とそれにしたがってすべてがずれていく日常に、じわじわと恐怖が引き出されていくようだった。


 静かに遠くへ精神をやってしまう妻、萌実(山口智子)と
戻らない現実、どうすることもできない愛に潰されそうな夫、由起夫(豊川悦司)のリアルな心の機微が狂気と愛の狭間を痛いほど伝えてくる。
妻は精神病になり、つまりおもに感情移入するのは豊川悦司演じる夫ということになるが、取り返しのつかないことになってから妻に同調する夫の姿、二人で写っていたはずの写真を見たときや、半ば自暴自棄になりながら無茶苦茶に妻を縛って顔を歪ませるところなど、ずっと観ていてもういいと言いたくなってくる。
表現と演技がこの奇妙だとも思える映画にリアリティを与え、作品がいっそう際立つ。

田口トモロヲ演じるカウンセラーは二人と対照的とも言える。あまり現実にはいなさそうな感じで、婉曲な言い回しを用いたりもするが淡々と物を言う。出てくる時間は短いが、なんだか二人とはまた違う強い存在感で要素を付け加えるみたいに、このあたりは主役の二人といいバランスのようである。

 映画をあまり観てこなかった私にすればなんらかの作品を思い出すこともなく、ただストーリーと別のところでの感想になるけれども、この映画はずっと綺麗だと思った。
ひとつの西洋の名画のような場面が映画として連なっている。
それは様々な演出やシーンの撮り方によるところも大きいが、
しかしなんと言っても若き二人の美しさである。
ストーリーは正直易しいものではないし短篇でもあるからそれが物足りないという人もあろうが、私はこの映画の画面のうつくしさだけでも観る価値があると感じた。
人形のような目をしてシャワーの湯をただじっと受け止めている萌実や
どうしようもないことを知りながらもとの妻を願う由起夫の表情。
漂う雰囲気には独特のはかなさがあり、
息苦しさやどこか浮いたような感じが見事に調和している。

美しいと感じた場面で最も印象に残っているのは、
無茶苦茶に縛られたあと、闇の中で照らされる妻・萌実の姿だ。
拙い引用で恥ずかしくもあるが、サルトルの有名な言葉を思い出す場面だった。それは
「もっとも猥褻な肉体は、縄で縛られた肉体、つまり自由を奪われた肉体である」
という言葉である。しかし萌実を猥褻だと感じたわけではない。むしろある種の神聖さを感じたほどだ。
考えたいのは、萌実は自由を、意思を奪われていないという点である。
夫の由起夫がどれだけ萌実のするように萌実自身を縛っても
「ちゃんと縛ってよ」と言うばかり。
つまり萌実の明確な意思によって由起夫は操られているとも考えることができる。だからやはり縛ってばかりいたのは萌実のほうで、それを解らずに由起夫はとうとう愛する妻を"ちゃんと縛る"ことができなかった。
かつて縛られていたものはほどけたままになってしまった。
しかし、夫の由起夫は縛られたままだ。

この映画の「縛る」は様々な解釈ができそうなものだが、ただ二人のあいだに生じたすれちがいに虚しさと切なさが残る最後である。

「undo」という題名にふさわしい作品だった。

〈了〉

画像:『ばらの花』- 和田英作 1914年制作



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