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【日記】散歩をしようよ


散歩というのは
「よし、歩こう」と思うと、
その足で家から出てそのままの勢いで出来そうなものなのだが、
あろうことか私の場合は
「よし、歩こう」と思うと、数ヶ月が経っているのだった。

朝ぱっちり目を覚まし、カーテンを颯爽と開け、日光を全身に浴びて水をぐいっと一杯飲むと家から快活に飛び出す自分の姿。家に帰ったら優雅な朝食をおいしく食べて…めくるめく妄想が脳裏を駆け巡り、ふと目を開けて少しの期待と大きな不安を抱えながらチラと時計を見るとやはり、
ギャア!と叫びたくなる時間を針は指しているのだ。

こんなことをずっとくりかえして、今日も車に乗りこめば
登校していく小中学生を見かけて
またスピーカーの音量を上げるだけだった。
横断歩道を渡り綺麗なお礼をしてくれる子どもたちを見ていると、
いつからあの心をいつも持つことを忘れたのだろうと悶々とする。
そんな日を何回もくりかえした。


しかし。
どこかの本でみたように、毎日はおなじのようでちがっている。

いつもと変わらない、暮れはじめの帰り道、私はなんとなく散歩がしたくなった。最初からそう定まっていたかのように自宅への道から逸れて、前々から気になっていた大きな公園への道をぐんぐんと車は走っていく。
もうこの時点でワクワクしていた。
自転車でどこまでも冒険できそうだった頃の自分が蘇っているな、流れがきているな、とかニヤニヤしていたらいつのまにか目的地についていた。

車のドアを勢いよく閉め、遊歩道を意気揚々と歩きだす。時折すれちがう人に若干の気まずさをおぼえながらも、まわりの緑に目を向けてみる。

あれはなんて花だろう。
綺麗だけど、春や夏に来たらもっと賑やかだろうな。
鳥がいる!かわいい。
近づきたくない。逃げられてしまう。
まだどんぐり落ちてないかな。まつぼっくり無いかな。
あるわけないか。

自然の中、コンクリートで舗装された道をどんどん進む。しばらく歩いていたら、背中に軽く汗が浮いてくるのがわかった。上着の前を開けるとじんわりと温まった身体に冷たい風が強く吹きつける。人の目も気にせずなんだかめちゃくちゃにはしゃぎたくなった。しなかったけど。
それからもっと歩くと、森はひらけて大きな川にかかるこれまた大きな橋がある。一瞬渡るか渡らないか迷ったが結局、渡ることにした。

びゅうびゅうと強い風の吹くなか、川を覗き込んでみる。
夕陽に染まって輝く水面に、
「来てよかったなあ」
と心の底から思えたから、向こう側で折り返すと、
ほとんど日の暮れかかった遊歩道を急いで帰った。
風にずっと晒されてつめたくなった頬に
ずっとポッケにつっこんでいた手をあてたら、
温度差がとても心地良かった。

それからというもの、毎日ではないが
「よし、歩こう」
と思う日が増えて、家のまわりをちょこちょこ歩いたり、
休日には遠出をして景色のいい遊歩道なんかで歩いている。

家のまわりを歩いていると、意外と発見が多くて楽しい。
普段は車で通っている道が地味に坂道で、ここは傾いていたのか…などと思ったり、とてもまれだが、入ったことのないお店に一人で入る勇気も出てきたりする。慣れない雰囲気にあたふたして、呼び出しボタンの無い飲食店に入ったことを後悔したりもするが、帰り道はいつも汗をかいて、ジェットコースターに乗ったあとみたいな気持ちになっている。

本当は薄暗い部屋の中で青白い液晶の光を浴びたり、
部屋を真っ暗にして大好きな音楽をスピーカーで流したり、
そんなことのほうが性に合っているのだが、たまにはこういった自分の機嫌のとり方もやっていったほうがいいのかもしれない。
だって楽しいんだもの。

最近は落語やその枕なんかを聞いて覚えてみたいな、なんて思っている。
思っていながらまた好きな音楽を聴いたり本を読んだりするだけで、行動には移していない。今の時代サブスクやyoutubeで検索すれば一発なのに、やっぱり思ったまま一日が終わって、また次の朝がやってきている。
でも気づいたら頭の片隅にそのことがあるのだ。
そうしたらいつかは自分のことだから聞いてくれるんじゃないかな、と悠長に考えている。これが勉強について、とかだったらお話はだいぶ変わってくるのだが、趣味はそう急いでつくるもんでもないよなーと思いながら風呂に入る。布団に入る。

すこしずつ人生の楽しみが増えていく、
そんな時期にやっとはいれたりするのだろうか。
ある種の哀しさはある。いざこうなると、忘れたくないな。
だけど、生きているかぎりそうだよな、と不思議に前向きだ。
かなしみとむなしさと、その先の妙な心づよさと。
大事なときはいつも、きまってそうだ。

というわけでここまで読んでくださったかたは、ありがとうございました。
私は形から入る人間で、歩きやすいスニーカーを買いましたところ、
効果てきめんでございました。
勉強はシャーペンまたは鉛筆から、散歩は靴から。

※サムネはスタジオジブリ公式サイトより拝借。
(海がきこえる、良い作品ですのでみなさまぜひご覧になってみてください)

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