聞き取りの中で考える「翻訳」②植物探検家・長谷圭祐さん(2/2)
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3. 植物の名前について
植物の学名には、ラテン語(またはラテン語を元とした名称)が使われるそうです。ラテン語は、現在では日常的に使われる言語では(ほぼ)ないため、誰にとっても自分のものではない言語ということで使われている、とのことでした。
(佃が調べたこと:
植物の学名・命名に関しては、「国際藻類・菌類・植物命名規約」という国際基準があり、植物に関する研究論文では、6年ごとに改訂されるこの規約に従って、学名が取り扱われます。かつてはこの規約の決まりとして、新種の学名を発表する記載論文は、必ずラテン語で書かなければならなかったそうですが、2012年より英語での発表も認められるようになったようです。ラテン語、英語の立ち位置について、いろいろ考えさせられるお話です。)
ラテン語の学名とは別に、日本では和名で流通している植物もあります。
和名は「日本国内での慣習的なもの」、つまり日本にある(または入ってきた)植物が、誰か・どこかで使い始めた名前で流通した結果、その植物の和名になったりする、ということだそうです。
現在と異なる基準で植物の分類を行っていた時代に付けられた和名には、「蘭」などのように、今では異なる種類の植物を指すものがあったりします。(例えば、君子蘭、鈴蘭、松葉蘭など。)
↑は江戸時代に描かれた松葉蘭(現在の分類ではマツバラン科シダ植物)
「蘭」という字は、
・古くは「日本書紀」にてフジバカマ(キク科)という植物を呼ぶ文字として使われていた
・中国では、香りの良い華やかな花を「蘭」と呼んでおり、輸入されそのまま和名として流通したものもある
・その植物の葉の形が蘭に似ているから、という理由で蘭の字が当てられたものもある
など、現在の種の分類とは異なる基準で、様々な植物に使われてきました。
また、和名はつまり「国内で流通している名称」なので、名前によっては植物のイメージを固定してしまうので、少し困るときがあるのだそうです。例えば長谷さんが専門とする「サトイモ科」は、「コンニャク属」や「クワズイモ属」など、食べること・食べないことなどを強く想起させる名称の和名も多く、その植物の他の(葉や花など)の側面をイメージしづらくするため、おもしろいがたまに説明しづらい、とのことでした。
例えば、学名が「アロカシア・インフェルナリス Alocasia infernalis」という植物は、アロカシアは和名でクワズイモ、インフェルナリスはラテン語のinfernus(地獄)からきています。(わざと)和名と合わせると「地獄クワズイモ」と訳すこともできるので、(和名として流通させるかどうかは別として)おもしろい名前ができる、とのことでした。
4. 植物の分類と「好み」について
長谷さんが現地で新種らしき植物を発見した場合、それらの採取や撮影を長谷さんが行い、資料として、その植物分野の分類・研究をされているお知り合いの方々に送られます。その後研究者の方々によって記載論文(新種の学名を発表するための論文)が書かれ、学会誌などの公の場所で発表されると、晴れて新種として認められるそうです。
では、論文ではどのようにその植物が「新種である」ことが説明されるのか。
新種を発表する記載論文には、ラテン語で学名を表記するなど、決まった説明の方法や様式があります。その一つとして、植物の形態的特徴(植物の各部分、花や葉などを見たときの形や色など)について文章や図、写真などで記載する、という決まり事があるというのを、実際の記載論文を例にご説明いただきました。
このお話を伺っていると、「植物の形や色に関して、国や言語を超えて統一した文章の書き方・読み取り方はありうるのか?」と疑問を感じていました。実際、例に見せていただいた記載論文の文章では、様々な部分の形状・長さ・表面の様子などが、相当細かく文章で説明されており、「え、プロはこの文章だけで植物の様子を思い浮かべられるものなんですか⁉」と驚いて確認したほどです。
長谷さんによると、「想像が難しい表現の文章も多いと思うが、もちろん論文には文章だけでなく、図や写真、標本の情報なども添付するので大丈夫」なのだそうです。また、それぞれの論文が決められた型にきっちりはまっているというよりは、「ある程度は書く人の好みも出ているように思う」とのことでした。
国際的な規約によって、表記方法にルールはありますが、それでも、論文によって各研究者の方の文章表現の癖や、絵や図・写真・標本(絶対に資料は標本の形にすべきと言う方や、生きたままの植物を資料にしてもいいと言う方など、意見が分かれるところ)のどれを好んで添付するかなど、趣向が垣間見えるのだそうです。
世界には新種となりうる植物はまだまだ存在しており、そのうちの、一応「誰の基準でもこれは新種と言えるだろう」というものが、「新種」として発表されます。ただ、その「誰の基準」という部分には、その分野の分類に携わる研究者の方々の、考え方や好みがわりと反映されているとのことです。
特に、研究者によって「どれくらい細かく分類したいか」の程度は違う、という長谷さんの言葉は印象的でした。「すごく細かく分けたがる研究者の多い分野もあるし、そうでもない分野もある」のだそうです。(ちなみに長谷さんの探すサトイモ科は「結構細かく分類する方」とのこと。)
ただ、植物の分類は、永遠に固定されるものではなく、分類のための新しい技術(DNA解析など)の発展により、現代になってから分類が変わったという植物も多くあるそうです。現代の分類研究をされる方々は、今後の分類の変化の可能性も考慮しつつ、「今はとにかく記載して(新種として学名を付けて)おいて、どう統合するかは後世に任せる」という考え方もある、とのことでした。
5. 終わりに
これまで、生花店やホームセンターなどでタグとして立てられている植物の名前や分類について、あまり意識することはなく、変化するものという意識もなく過ごしてきました。
長谷さんから、植物の分類の研究者の方々との、実際のやりとりの雰囲気を伺うことは、植物が名前を持って身の回りに現れるまでに、様々な人の「意外と個人的な好みや価値観」も含みながら、たくさんの手を介してたどり着いていると感じられる、大変興味深い機会でした。
植物の名前や分類の背後には、科学的な数値だけでなく、たくさんの個人の考えや趣向が集まって一つのルールが組み立っている。この辺に「翻訳」に通じる何かがあるように感じています。
最後の最後にもう一度、突然の不審なご連絡にも動じず、お話のお時間をくださった長谷圭祐さんに御礼申し上げます。次はぜひ、実際の植物を前にお話ししたいです。ありがとうございました。
長谷圭祐(はせ・けいすけ)さん
東南アジアを中心に世界中の熱帯雨林をめぐる植物探検家。学生の頃から活動しており、これまでに新種や未記載種を数多く発見している。大阪で開催される植物の即売イベント『BORDERBREAK!!』『天下一植物界』の主催者でもあり、熱心なファンが全国から詰めかける。
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