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作家の紹介を勝手にできない。ー第1回ミーティングの記録⑦「好きな花と言いつつも他人」ー

(編集・絵:佃 七緒)
勝手にはできない、けどやっぱり他の人の作品紹介をしてみる、というこのシリーズの始まり(説明)はこちらご覧ください。

小林 太陽(参加作家)

①最近気になること

時間の速度。早い。やばい。最近生活が変わったことで、時間が過ぎるのが早く、ある日突然変化に気づいたりするようになっている。この時間をちゃんと経験したことを何か残したい。ノスタルジーではなく。過去にも未来にも同じように時間がある。

②小林太陽が「勝手に紹介」する作品はこちら

長谷川由貴《他人の肖像 Portrait of Others #2 Phalaenopsis pink leopard》

・送られてきたリンクを見て、絵画作品だな…と思って。
正直に言うと、絵画作品はわからない、意図的に考えないようにしてきていた。

・「他人の肖像」というシリーズの5枚の絵のうちの1枚。

・ラフレシア?みたいな花びらが5枚の白い花が、真っ黒の背景の中で、すごく白く、ビビッドで。花、花だな、と思った。モチーフがどんと来るので、どうして花なんだろう、と端的に思った。

・細部をアップで写した写真もあった。
ああこういうところを見てほしいのかな、と思った。斑点模様や、おしべやめしべ?のようなもののアップがあり、筆致としては丁寧というよりは粗めだなと思った。

・テキストには、
胡蝶蘭の一種を描いていること、また、今まで雑多に扱っていたランという植物が、実は細かく分かれていて、一株一株個性があるものとして見えてきた、ということが書かれていた。花をある種の肖像画として描いていることを理解した。

・「他人の肖像」というシリーズだが、
他の数枚の作品も見てみると、ひとつひとつの花を描くと思いきや、複数の花のかたまりも肖像と呼んで描いていることが気にかかった。ひとつの「肖像」としてどう花のかたまりを判断しているのかな、と思った。

・肖像と言いつつも「他人」、好きな花と言いつつも「他人」。
呼び方にもやもやする。「他者」でなく「他人」というのはめずらしいと感じた。知り合いでもない「他人」。

作者(長谷川由貴):自分からは完全には切り離しきれない、微妙な距離にいる生き物、という感覚で「他人」という言葉を使ったように思う。自分の中で「物体」でもなく「人間」でもない微妙な位置に植物がある。擬人化しそうになる自分の視線を解除したい、人じゃないところに人を感じようとすることに人間のエゴを感じるのでやめたいな、と思いつつ、気にかかるという「距離」が、「他人」という言葉に集約されていると思う。


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