「昇苑くみひも」―日本伝統の組紐文化を、世界で愛されるファッションアイテムに。
<編集・記事執筆>
京都外国語大学 国際貢献学部
グローバル観光学科3回生
橋本 香奈美
結ばれることで生命を生み出す霊力を宿す「ひも」
「むすび」の語源は「産(むす)霊(び)」であり、生命を生み出すという神聖な霊力といった意味合いがあり、「むすこ」「むすめ」という言葉もこの「むす」から取られているという。つまり、古来より人々は紐で結ぶことに「祈り」「願い」を込めていたのだそうです。そもそも紐の起源は古く、縄文土器には紐状の縄で紋様をつけていたり、卑弥呼の使者には魏の皇帝から教科書で習ったあの金印などと一緒に組紐も贈られたといわれています。
このように、とても古くからある紐文化。紐状のもので結ぶことには、とても呪術的で神聖な意味があったのです。そんな紐を使って、現代的なアクセサリーやストラップなどを生み出している昇苑くみひも。今回わたしたちは、宇治にある本店と工房に取材してきました。
なぜ宇治の地に本店を構えたのか?
1948年、昇苑くみひもは宇治の地で、帯締めや髪飾りを作る工房として創業。創業夫婦の家が宇治にあり、その敷地内に工場を構えたのがその始まりだそうです。もともと親戚筋にはくみひもを作っていた人が過去に存在していたそうですが、もっとも大きかったのが「女性に必要とされることを仕事にしていきなさい」と教えられていたことだといいます。着物の帯締めは、まさに女性に必要とされているもの。これを生業としていこうと思いたち、この宇治で創業をするに至りました。
しかしライフスタイルの西洋化に伴い、洋服が主流となって着物を着る人が減り、また着物用の小物なども海外から安価なものが輸入されるようになるなど、着物業界が日本全体で疲弊しており、くみひも製作の下請けだけでは生き残っていくのは厳しいと感じていました。そんな折、前社長が「このままではいずれ廃業は免れない」と話したことがきっかけとなり、どのようにすれば会社に活気が戻るのかを考え、くみひもをもっと消費者に身近に楽しんでもらえるようにできれば良いのではないかと考えたそうです。
そのためには、自社の名前でくみひもの商品を作り、自社ブランドのオリジナルアイテムとして販売、自前のショップも持つ必要があると考えます。そうしていまから約20年前、くみひもストラップなどを作り、会社の玄関先に設けた簡易の小さなお店から始めたそうです。その後、少しずつお店の形態を整えつつ、2018年に宇治本店をリニューアル。創業家の生家をベースに現在のお店となったそうです。
創業当時から現在までの道のり
1948年の創業当時は、ひとつひとつ手組でくみひもが作られていたそうです。京都には60年前には製紐機という機械が導入されており、現在もその当時の機械が稼働しているものもあるそうです。しかし機械化が進んだからといって、手組の技法をなくすわけではなく、伝統工芸としての技術と機械で作って消費者の方々に届けるモノづくりを両立させているそうです。
創業当時の昇苑くみひもは、伝統工芸の製作工房の多くがそうであるように、あくまで下請けとして問屋から発注を受けたものを納品してきました。しかし前社長はこの業界の仕組みに対してある種の危惧を抱いていました。だからこそ、自分たち自身が新しい動きを起こし、環境を変えるきっかけにしていきたいという思いが強かったのだといいます。いまでこそそうした取り組みは珍しいものではなくなりましたが、当時としては業界内ではかなり難しいチャレンジでした。
また、約20年前にはすでに自社ホームページを作成して、全国多くの方々に昇苑くみひもを知ってもらえるようにしていました。そのおかげもあり、現在『くみひも』を検索するとかなり上位に『昇苑くみひも』が表示されます。
前社長は、一般企業に勤めた経験があったので、非常に柔軟な考えをもっており、会社としての理想形のようなものをもっていました。家族で細々やるのではなく、アイデアを持った人が会社に入ってもらうことで、これまでの伝統あるモノづくりだけではなく新しいものを取り入れた会社にしたかったそうです。
軌道にのるまでは、試行錯誤を繰り返し2〜3年かかりました。ものを作る技術はあったので、その点の苦労はなかったが、販路を拡げることが出来る人材が必要であると前社長は考えていました。
宇治の町の人と共同での商品開発、内職について
昇苑くみひもでは現在では60〜70人程の宇治の町に在住の方が内職により製作に携わっています。内職の仕事において、一番のメインはくみひもをキーホルダーやアクセサリーに加工すること。内職の方々には、子育てが終わった主婦をはじめ、子育て中の主婦でモノづくりが好きな母親などのほか、かつては男子大学生が内職をしてくれていたこともありました。資格なども必要がなく、集中力があり指先が器用であればできる仕事ではあります。しかし、趣味ではなく仕事として製作していただくので、当然ではありますが責任感も必要。これらがクリアできれば、男女関係なく幅広い年齢の方々にしていただける仕事ではあります。実際に、70歳代の40年程続けておられるようなベテランの内職の方もいます。
それでも今と昔とでは生活環境も変化し、女性の社会進出が認められるようになったために、逆に昔より内職をしてくれる人を見つけることが困難になってきました。2000〜3000枚のビラを配布すると10〜20人程の方から応募があり、その後も仕事として内職を続けてくれる人は1〜2人程だと保木本さんはいいます。今後は宇治の町の人だけでなく、それ以外の地域の人にも技術を伝えて人材確保をしなければいけないのかと考えたりしています。
また今後の内職の可能性として高齢者の方々にも担ってもらうことを検討しているのだと保木本さんの上司である能勢さんは教えてくれました。
能勢さん「元気な高齢者はますます増えていますので、内職さんを確保するのが難しくなっているわたしたち昇苑くみひもにとってももちろんメリットがあります。同時に高齢者のみなさんにとっても手を動かすことで健康でいられ、自宅でお金を稼ぐこともできます。また仕事を通じて社会とのつながりもでき、生きがいにもなるのではと考えています。病院や高齢者施設との連携などもできれば、いずれは事業にしたいと考えています」
お借りしたアイテムのかんざしについて
今回わたしたちは京都ブランドによるコーディネートに挑戦。わたしのチームは「Lovely Girly Style」をテーマにしていて、そのコーデのワンポイントアクセントとして昇苑くみひもの「正絹 髪飾り 簪(かんざし) 」を使用させていただきました。このかんざしの注目ポイントは、なんといっても6色の可愛らしい小花と揺れる房。和風な髪型にも洋風な髪型にも合う非常に使い勝手の良いこのかんざしは、昇苑くみひもを代表とする商品です。
実は昇苑くみひもの商品としてかんざしが登場したのは約20年前。前社長が新しいことを取り入れるようになったタイミングで、きっかけは30〜40年前の成人式の髪飾りの流行でした。当時の流行は髪飾りに紐を使用することで、髪飾り用の紐をたくさん生産していた時期がありました。その名残で人気があったものを商品化して現在にまで至っています。世の中にたくさんのアイテムが出回っている中でセット販売ではなく個売りにこだわる理由は、自分のお気に入りの髪飾りにプラスして楽しんでほしいからだそうです。
世界に羽ばたくくみひも
日本国内でくみひものイメージが大きく変わったきっかけは、映画「君の名は」でくみひもが世界的に有名になったことでした。その影響で女性のお客さんはもちろん、男性のお客さんや海外の人たちのあいだでも人気が出たといいます。昇苑くみひもを訪れる外国人観光客にとくに人気が高いのは「ストラップ」。約20年前に前社長が配色にこだわって作ったそのデザインはいまも変わっておらず、時代を超えて愛されています。これがくみ紐が持つ魅力で、職人さんに自らお願いすれば世界にひとつだけのひもを作ることだって可能です。外国人観光客にはその魅力を存分に味わってほしいと、職人さんはおっしゃっていました。
このように昇苑くみひもでは、これまでに着物の小物からかんざしやストラップまで多種多様なアイテムを生み出してこられました。その背景には日本の紐の文化が関係しており、ひもを結ぶという行為は神聖性があるとお話いただきました。私はこの取材を通して、昇苑くみひもさんのアイテムを少しでも多くの方の手に届いてほしいなと強く感じると同時に、日本の紐文化にもっと多くの人が目を向けてくれたらいいなと思います。
有限会社 昇苑くみひも
京都府宇治市宇治妙楽146番地
電話番号:0774-23-5510
宇治本店:京都府宇治市宇治妙楽146番地の2
電話番号:0774-66-3535
営業時間: 10:00-17:00
定休日:なし(夏季・冬季休業あり)
●Instagram:https://www.instagram.com/showenkumihimo?igsh=dDY1eTF1MWdob2Iz