吉原は甘くない。でも、暖かい場所

花火が上がる季節には

なにかに向かって

夢中で走っている気がする。

三年前の夏は

体育会系の職場についていこうと必死で

毎日朝から晩まで駆けずり回ってた。

花火大会の日には店先で

コロナビールを売っていたのが懐かしい。

自己都合でやめてしまったけれど

いま思えば、

必死すぎて逃げ道がなかったんだろうな。

冬を迎える頃には

自分は鬱だと言い聞かせて

お店にいかなくなった。

普通に元気だったと思う。ポンコツ。

自分のことで精一杯だった私。


二年前の夏は

ネットビジネスで食べていこうと必死だった。

無駄に人とたくさん会い

起業家のように振る舞っていた。

自分を大きく見せることに

ストレスを感じていた頃。

人の評価がすごく気になった

嘘つきだった私。


一年前の夏。

私は吉原にいた。

ソープランドで働いて半年がたつ頃

初めてランキングに載って嬉しかった。

指名本数が、お給料が、お店の評価が

わたしに自信をくれた。

お客さまを数字としてみていた

この頃のわたし。

数字をあげることが

わたしの存在価値だった。

楽しかったけど

必死だった。


そして、今年の夏。

吉原からは少し距離をおき

一般社会に戻ってきた。

吉原へは月に数回の出勤で

ありがたいことに毎回ほぼ予約が埋まる。

フルタイムで働き、シェアハウスで共同生活をする今

接客中も、仕事中も

同居人たちや友人との会話においても

素直な気持ちで

自分にも相手にも正直に

そう、誠実なコミュニケーションができるようになったと思う。


吉原は、すべて人でできている。

商品も、お客さんも、お店も

ぜーんぶ人。

問題もたくさんあるし

一筋縄ではいかないことがたくさんあるけど

そういうの引っくるめて

人って本来そういうものなんだろう。

欲望にまみれたひと

孤独を抱えたひと

社会では出さない部分が

集まってくる業界にいたからこそ

偏見や見栄など、偽ることが

すべて無駄に思えた。


コミュニケーションの真の目的は

情報を伝えること、交換すること。

うそをついてちゃ

いつまでたっても伝わんない。

それに気づいてからは

人と接することがとても楽しくなった。

そしたら人が周りに

どんどん集まってくるようになった。

お客さんも頻繁に来てくれるようになった。


吉原でたくさん可愛がってもらって

自信がついた。

社会に戻ると

褒められることが増えた気がする。

自分で自分を褒めることさえある。

久しぶりに自分の人生を生きられている

そう実感できるようになったのは

今がとても幸せだと

感じることができているのは

間違いなく吉原のお陰だと思う。


ありがとう。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集