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日本一時帰国(老父が要介護1に進んだ2021年12月−2022年3月)

2021年の初め兄の急遽で数ヶ月日本の実家に戻っていたのですが、今年も12月から3月まで帰国しました。「もう帰ってこないの?」と尋ねる父に「年末には戻るよ。冬が来れば」と応え後ろ髪を引かれながら日本を後にしました。父は「冬が来ればまともな食事を作ってもらえる」ことを支えに7ヶ月間配食に耐えたのです。これは2022年版の一時帰国ルーティーンです。上の写真は母と兄が眠っている霊園をとぼとぼと歩く父。

昨年度版は下記に

2021年日本にいる間は亡き兄の代わりに90歳の父の世話をしていたのですが、私の仕事と生活の基盤はフランスにあります。日本にずっといるわけにはいきません。そこで2021年4月にフランスの夫と息子の元に帰りました。

父が独りで暮らすのは初めてなのです。
2005年に母が膵臓癌で亡くなった後、兄が東京の家を引き上げてきて関西に新しい仕事を探し、神戸の実家で父親の世話をしました。
その兄も膵臓癌で亡くなった後、私がフランスから帰ってきて父親の世話をしました。

私がフランスに去ったら父は独りです。
そこで4月から12月まで週に一回ヘルパーさんに掃除に来てもらい、高齢者用配食業者さんから毎日食事を届けてもらいました。この配食業者さんは、私に毎日mailで安否確認を送ってくれます。

週に数回メッセンジャーで通話しました。会話といっても大した会話ではありません。
「なにか変わったことはある?」「ないよ」とか
「そちらは暑い?」「暑いよ」とか
「ちゃんと食べてる?」「食べてるよ」などです。

週に一回デイサービスに行って体操したりマッサージを受けたり小物を作ったりします。車で送り迎えしてくれます。

そうやってなんとか父は2021年12月まで私がフランスから戻って来るまで独りで過ごしました。

オミクロン株の水際対策でホテルに隔離されたりしましたが、二週間の我慢でなんとか落ち着きました、

ホテル隔離の様子は下記に

今回の一時帰国で行ったこと

クリスマス、大晦日、お正月、節分などの行事

父と二人でお正月。
七草粥もつくりました。
節分、兄の一周忌も人並みに

Zoomクラスが活動の軸

コロナ禍で教練場が閉鎖したことから始めた舞踏オンラインクラス。着実に参加者を得、すでに200クラス以上実施しました。日本でも実家の和室で照明やマイク、カメラを設置して月水土日と週に三日授業を行っています。

オンラインクラスのおかげで日本にいる間も踊りの活動を休業せずにすむし、定期的に稽古すると身体が錆びつかずにすむ。生徒たちとつながっていられる。収入も途絶えなくてすむので、介護にリモートワークは不可欠です。

フランスでの活動準備


フランス日戻ったら3回の集中ワークショップ、2回の公演が待っています。そのフライヤーやポスターを手配したり、登録者を受け付けたりの作業が毎日入ります。

自動車運転を再開

父親を介護するには車が欠かせません。ペーパードライバー数十年の私も運転再開を決心。まずは教習所の出張レッスンの方に家に来ていただき、最初は教習車で2回、路上練習した後、父の車で特訓を始めました。車の機能やルールを復習するため動画での学習も並行して行いました。次に日本に行く時は、教習員なしでもひとりで路上で運転できるようになりたいものです。

次の書籍出版の準備

2010年東京、2013年パリ、2015年ロンドンの出版社から著作を出版して以来、商業出版が途絶えていたのですが、2023年に東京の出版社から
一日の半分は執筆に充てて準備中です。
今まで出版した書籍は以下に。

家の整備

兄が亡き後、この家を私が引き継ぐことが決定したのですが、昭和に建てた家なのでかなり傷んでいます。ときどき庭も荒れています。母や兄の遺したものが溢れかえり、膨大な作業が必要です。多くの書籍や資料など宝の山が十分活用されずに眠っていることも残念です。少しずつでも片付けていきたいと思います。
前回も今回も、兄の友人や私の友人たちに手伝ってもらってかなり処分や売却をしたのですが、まだまだ快適な住まいには程遠いです。維持費や固定費もかなりかかっているので、将来のことを考えて調整したいものです。

植木屋さんに庭の木を選定してもらいました。2日間で45000円。

その他の収穫

運転用に遠近両用眼鏡を作りました!
家ではデスクワーク用の眼鏡と日常生活用の眼鏡、コンタクトをした時の老眼鏡を使い分けているのですが、ハンドルを握っている時に眼鏡を掛け替えるわけには行きません。日本で遠近両用眼鏡を作れたのは大きな収穫です。

日本でしか買えない快適な下着や化粧品、暖効果のある服、機能的なスーツケースや軽量のパソコンケースなどを購入できました。

毎日のルーティーン

以下が2021年12月から2022年3月末までのルーティーンです。父親ファーストなので、すべては父親を中心にスケジュールされます。

七時から八時に起床。排泄の後、脱衣の状態で体重を計り記録する。

着衣。この冬の在宅普段着は:ユニクロヒートテック極厚シャツ、スキー用の薄い保温セーター、極厚ニットのベスト(ノーブラでも胸の線が出ない)、極厚裏ボアズボン、極厚靴下、レッグウォーマー、MIZUNOの室内用保温靴。それでも寒い場合は亡き母の着ていた手編みカーディガンを羽織る。
デスクワーク時はユニクロのダウン巻きスカートも重ねる。
デスクの床には電気カーペット。

髪を梳き、洗顔、ローションと紫外線防止クリームを塗る。

階下に降りてビタミンDを一錠コップ一杯の水で服む。

フランスで習慣になっていた絞ったレモンと蜂蜜をお湯に入れて飲む習慣は日本では中止していました。日本はレモンが高すぎる。

水曜日と土曜日は洗濯機を回す。

お湯を沸かしている間に居間の雨戸とブラインドを開け、カーテンを開ける。朝日を浴びることでメラトニンの分泌が抑制され、体内時計が活性状態に導かれる。

外から新聞をとってくる役は、父の為に残しておく。

火曜日と金曜日は燃えるゴミを、水曜日は缶や瓶やプラスチックゴミを近所のゴミ集積所に持って行く。月に二回、月曜日には不燃ゴミ、大型ゴミ。
このゴミの仕分けは脳の容量を奪われ、行動を規制され、大きなストレスでした。ゴミ捨てに合わせて日常の行動をスケジュールするなんてひどい話です。私がいなくなった後は高齢者のゴミを集めてくれるシステムに委ねることにしました。

朝食はコーヒーのみ。現在16時間断食を実践しているので夜の八時から正午までは食事なし。

仏壇の置いてある和室の雨戸とガラス戸と障子を開け、空気を入れ替える。

お茶を煎れて仏壇に持っていく役は、父の為に残しておく。

父が起きてくるまで読書あるいは難解な書類を朝の光で読む。朝一でなければできない仕事をここで済ませる。

パソコンでメイルチェック、

ダイニングと居間と台所に掃除機をかける。

父が起きてきてお茶を入れ、食パンを焼き、白いふかふかの四つ切りパンにマーガリンをつけて食べる。

10:00-12:00 父が二度寝をする。

11:30までデスクワーク、

12:00 昼食。一汁三菜、

13:00-15:00 父が昼寝。私はデスクワーク。

15:00-18:00 父が起きてきたらお茶とおやつを出す。戸外の活動、買い物、

18:00-20:00 夕食。一汁三菜、2021年は断酒していたのでノンアルコールのビールを飲んでいましたが、2022年はアルコール解禁していました。TVでニュースなどを見る。2022年は北京オリンピックのおかげで父の楽しみができてよかった。

20:00 台所の片付け物、父は入浴、就寝。

片付け物や単純作業をしている時はワイヤレスのイヤホンでYoutubeなどを聴く。ウクライナの侵攻が始まってからは、戦争情報を中心に聞いていました。

夜はZoomで舞踏の授業をする。前回の動画チェック、使用する楽曲の準備、部屋、機材の設置。

終了後は出席表入力、出席者への連絡。

いくつかのデスクワーク、
翌朝のゴミ出しの準備、入浴、就寝。

父がデイケアサービスで作ってきた蜂蜜クッキー

父が要介護1に進む

今年も介護判定調査員の方が拙宅に来て、父への聞き取りや心身の状態の確認を行いました。
昨年の判定えは要支援1だったのですが、主治医の意見書も加わって要介護1に進みました。

ケアプランセンターが変わり、ケアマネージャーさんが変わりました。
ミーティングをし、ケアプランを立て、デイケアサービスを一日加えました。
今まで一年間通っていたデイケアサービスは水曜日の午後だけで、体操やマッサージを行うところでしたが、金曜日にお風呂に入れてくれるサービスも加えたのです。
火曜日にヘルパーさんがお掃除に来てくれるサービスは続行することになりました。
毎日の配食は私が日本にいるときは中断していたのですが、私が去る日の昼食から再開する手配をしました。

要支援1から要介護1に進むと、全く同じ内容のサービスでも価格が上がります。父は2割負担で介護保険が8割。年金ですべてがカバーできるように気をつけないと。

父の主治医さんに会いに行きました。待合室には興味深い本が並んでいたのですが、感染が気になって触れなかった。

固定費を切り詰める。

亡き兄が契約したサブスクを父親が払い続けているものが多くあり、去年見つけては解約したのですが、それでもケーブルテレビなど毎月の大きな出費がある。このままだと父親が施設に入った後も父親が亡くなった後もだらだら払い続けることになりかねないので、思い切って95000円出費してアンテナを付けかえました。今まで払っていた毎月4500円のサービスと比べると元を取るのに2年弱かかりますが、それ以降はもしこの家が無人になっても払い続けることがないのでひとまず安心です。

毎月払う電気代、ガス代、水道代が異常に高い。父親がストーブをつけっぱなしにする、蛇口をきっちり締めないで水がぽたぽた流れっぱなしになるなどの無駄をひとつひとつ見直しました。

日本での私の健康状態

私が父親より先に死ぬわけにはいかないので健康に気をつけなければならないのですが、日本では度々狭心が起こり心配でした。保険のあるフランスに戻ってから心臓や血液検査をし、3回目のCOVIDのワクチンを打ちます。
昨年の冬の日本滞在では16時間断食に加えた断酒で数キロ減量したのですが、今回は飲酒を再開したのであまり渡航前と変わらなかった。今でもBMIの適正体重より7kg軽いのでこれをキープしよう。

日本の美容師さんは髪の長さを変えずに量を減らす、削ぐ技術があるので、一年に数回は日本のサロンに行かなくては。あるいはパリ在住の日本人美容師さんのもとに。

反省

フランスに帰ってみると、日本でやればよかった、買えばよかったと反省するものが沢山あります。陰性検査に丸一日費やし、フィンエアーのチェックインがネットでできないストレスなどが加わり出発が近づくと一分の余裕もない状態で、日本製のカミソリや髪ゴムや軟膏など細かいものが買えなかった。次回はフランスを出るときに「日本で買うものリスト」を書いてきて、隔離が解けた日に買って出発までスーツケースに入れておくようにします。

有科珠々

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