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日記:新しいことを求めて

昨日の夜はドラマのシャーロックを見た。
数年前に家族がみていて、アニメ以外に食指が動かなかった私は食わず嫌いになっていた。
けれど、新しいことに飛び込もうと、大学から帰って夕飯を食べながら改めて見ることにした。
正面から見てみるとよさが素直に受け取れて、タイトルのサインの演出がかっこいいという当時の感想を思い出した。
ディーンフジオカが憧れるほど格好いい。
もう少しその良さを言葉にできるように意識して見ていこうと思う。

今朝起きたのは十時半。
夏が近づくのを意識するような、一年ぶりの懐かしい暑さに気付く。
ちなみに朝食はチョコシリアルとバナナ。
好んで食べるほどではなかったバナナがやたらおいしいのは一人暮らしのメリットだろうか。
洗濯物をベランダに干して、家を出る。

今日は友人が遠くからくるというので彼と会うことにしていた。
それまでしばし時間があるので、ひとまず駅まで自転車に乗っていく。
モワッとする空気の抵抗を橋の上で感じて、夏への漠然とした期待を感じる。
自転車を地下二階に停めて地上に出る。

向かうのは駅近くの自習室。
これもまた新しい経験。
来週に迫るドイツ語検定に向けて勉強のモチベーションが高まっていることに加えて、暑さで水分補給ができて長居できる場所をと考えた結果ここに決めた。
勉強に専念でき、冷たい飲み物が飲める場所ではあったが、無料の図書館に対するメリットがそれほど見いだせなかった。
一時間半で出る。

タブレットでおいしい店を探すも、食べたいものがそれほど浮かばない。
歩いてみて回り、直感に頼ることにした。
久々の駅前、人。
食欲がわかず、野菜を求めてモスバーガーへ。
野菜バーガーと野菜セットを注文して食べる。
野菜が美味しい。
野菜は日ごろから食べたいけれども、生野菜にはまだ手が出せないでいる。

食後のコーヒーを飲みながら、サンテグジュペリ「人間の土地」。
それまでに読んでいた内容よりも面白くなっている気がした。
植民のための戦争はある種の楽しさに基づくけれども、結局はそこに住むためであるならば、その手段と目的の取り違えは悪であるという内容。
目的と手段について考えながら、コーヒーを飲み切り店を出る。

子供のころ親が飲むコーヒーにあこがれて、いつの間にか飲めるようになっていたけれども、そのおいしさがまだわかっていない。
どうするべきかと考えながら友人を待つために改札へ。
しばらくして反対側の改札から出てきた友人と合流。

コーヒーのせいで甘いものを求めようとして、二人でアーケード街に向かう。
話題と目的地を転々として、本屋に入ったりしたのちに、結局一周してきて駅近くのパン屋に入る。

ラズベリーのパンとアイスティーを注文し、席へ。
以下話した内容について。

他人の考えを知る理由について。
言葉にすることの是非。
手段が目的に転じることの是非。
具体的という言葉の濫用が酷かった。

店を出て、夕食をもう一人の友人と三人で食べることになる。
時間をつぶすために駅ビルや近くの高いところに行く。

夕ご飯を食べながら、目的のない会話を味わう。
悪い気は起きなかった。

自転車に乗って大学へ向かう。
水道代金の支払いのために立ち寄ったコンビニでよふかしのうたを見つける。
一巻を二巻の隣へ置きなおす。

大学では部活の練習と、図書館が閉まるまでドイツ語の勉強。

帰宅して洗濯物の回収。
そして今に至る。
ひとつ加えて書くと、後半に連れて文量が減っているのはモチベーションの低下ではなく、あくまで書くべきでないからである。

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