【#21 手放し】BLACKPINKになりたい。
8月18日、14時頃の千葉マリンスタジアムは、ピンクのフェイスペイントをした10代〜20代の女性たちで溢れていた。
「押さないでください。みなさんね、半歩ずつ、下がりましょうか。ステージまでの距離が5センチ下がるだけですから。見える景色は変わりません。ゆっくりと、スペースがある人は下がってください。」
このアナウンスを、何度聞いたことだろうか。ステージの上で司会をしていたサッシャは、繰り返しこの言葉を放ち続けた。J-WAVEのラジオパーソナリティの声は、説教臭くない、不思議な説得力がある。
サッシャ言葉をよそに、アリーナの前に行こうと人混みをかき分ける人々と、アリーナから出ようとする人々がぶつかり合う。
ピースフルなはずのフェスが、一瞬、地獄になる。でもそれは、お目当てのアーティストを観たいという衝動の発露から生まれる、ポジティブなエネルギーに溢れた地獄だ。でも、出ていこうとする客を押すのは違うぞ。とは思うのだが。
そんな状況が10分ほど続くと、アリーナは静寂に包まれた。ステージに現れようとするガールズグループ、BLACKPINKを、アリーナにいる彼女たち、彼ら、そして僕は今か今かと待ち続ける。
※※※
「最近、ヒーローがいなくない?」
そんなことを言ったのは、たしかアララのヨネザワだっただろうか。今のポップカルチャーには圧倒的な魅力を持ち、ただただその存在に心酔できる、そんな人物はいない。そう彼は話していた。
どうやら彼は『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を観た直後にそう思ったらしい。あとから僕もスパイダーマンを観て、似たような感情を抱いた。あの映画でMCUは圧倒的なヒーローを否定した。
(ってあれ?これ先週と全く同じ話にならない?)
なにか一つのことを手放しに盲信するのは、狂気を生むとマーベルは結論付けたのだ。そんな最新形のヒーローは、サノスなんかいなくても、ディズニーとソニーの前には無力だったりする。
※※※
14時25分。会場中から緊張感に満ちた歓声が湧き上がる。人々は号令を受けたかのように前へ進む。サッシャはもはや何も言わない。
ピンクのライトにシンセのリフ。モニターに映し出されるジェニ、ジス、ロゼ、リサ。順番なんて覚えていない、もはや名前なんぞ無意味かもしれない。4人が揃ったときの全能感こそ、彼女たちの魅力なのだから。
そこから始まったのは「DDU-DU DDU-DU」と「Forver Young」。EDMやヒップホップに通じるダンスミュージックのサウンドを、熟練のバンドたちはエモーショナルに、そして荒々しく再現する。そしてその音の圧に負けず劣らず、4人の声は力強く響く。
言葉の音を吐き捨てるように歌うジェニ、キュートでクリーンな声を響かせるジスとロゼ。そしてルードかつ正確に音を刻んでいくリサ。そしてなにより、4人の全員が一瞬だけ声を合わせる時の存在感が、多くの聴衆を熱狂させていた。
彼女たちが歌っていないときもその熱狂は収まらない。海外アーティストの定形文である「日本に来れて嬉しい」というMCをしている時も同様だ。4人がステージに一列に並んでいる姿だけで、観客は沸き立つ。
たどたどしい日本語のMCの後に、最新EP『Kill This Love』からの楽曲を歌い始めたときが、熱気のピークであった。
いつだって、最新の曲で会場を盛り上げられるアーティストは素晴らしい。僕の斜め後ろで観ていた外国人が、ワンオクターブ下でシンガロングしていた声が忘れられない。
そうして彼女たちのステージは40分足らずで終わった。
BLACKPINKになりたい。
ステージが終わった時に無邪気にもそう思った。スーツを着ていなくても、手から糸を出せなくても、手放しに、熱狂したくなる4人に僕はなりたかった。
そんなことを考えながら、いつまでもステージの余韻を楽しもうとしたが、次のEDMアクトを目当てにした客がわんさと押し寄せてきたからやめた。
(ボブ)
<今日の一枚>
『GINGER』BROCKHAMPTON
この6人組ボーイズバンドもサマソニで観た。最初はBLACKPINKとBROCKHAMTONについて書こうとしたけど、文字数が足りなかった。6者6様なのに、不思議と一つのまとまりがある、不思議なグループだ。メロウでハッピーなのに、どこか悲しく、それでかつリスナーのボルテージを上げる。絶妙なバランス。