【書評】#1 沢木耕太郎『危機の宰相』
本書を読んだきっかけ
記念すべきnoteでの書評の第1回に選んだ本は、沢木耕太郎『危機の宰相』である。
生前の下村治(本書にも出てくる池田勇人元総理のブレーン)が唯一激賞したというルポ(倉山満『検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む』)とのことで、ブレーンとか参謀とかがわりかし好きな僕としては、最初は下村治(1910-1989、経済学者、大蔵官僚)という人物に興味を持って手に取ってみた。
本書の面白さ
もっとも、本書の主人公は下村治だけではなく、池田勇人(1899-1965、元総理、大蔵官僚)、そして田村敏雄(1896-1963、宏池会事務局長、大蔵官僚)も含めた3人と賑やかである。
この元大蔵官僚3人が、いかにして、かの有名な「国民所得倍増計画」に関わり、これを計画し実行していったのかを描ききったのが本書である。
本書の面白さの第1は、
3人が同じ元大蔵官僚でありながら、所得倍増計画への関わり方、果たした役割がそれぞれ全く違っているという彼らの個性
である。
いいかえれば、誰が欠けても所得倍増計画は多分実現しなかったであろう、ということである。
面白さの第2は、
3人がいずれも大きな挫折を経験した「敗者」(loser)であったという彼らの共通点
である。
特に、池田勇人が若い頃、病気で約5年も大蔵省を休んでいたことなど、全く知らなかった事実であった。
ちなみに、昭和10(1935)年、池田が大蔵省に復帰するときに関西で出会ったのが前尾繁三郎(1905-1981、衆議院議長、第2代宏池会会長)であり、以来、彼らは親友となったという。
前尾もまた、戦前大蔵省においては池田と同様「敗者」の部類に属した。
戦時中、和平工作で憲兵に投獄された吉田茂に言及するまでもなく、戦後とは「敗者」が作ったものなのだろう。
所得倍増計画のパワー
思うに、所得倍増計画とは、今でいう「パワーワード」だったのだろう。
池田勇人は、このパワーワード性を余すところなく活用して政権の座に就いた。
もちろんパワーワード(言葉)であっただけではない。
計画が現実のパワー(経済成長)を伴ってくると、それは安保闘争の社会不安を一掃し、池田政権を、自民党政権を盤石なものとした。
3人の男たちの挫折や希望が交錯して生み出された所得倍増計画は、かくして60年代の自民党を支えたのであろう。
最後に
ダイナミックに描かれた往時の政治経済、精緻に描かれた宏池会の男たちなど、非常に読み応えがあってお勧めできる1冊である。
(2024/2/3読了)
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