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【少女の使い方】(短いお話)


 目の前で、少女だったものの股が裂かれて放り出されていく。ぎ、や、じ、と重ねられていく音を何度も鼓膜に聞かせながら、私はじっとしていた。幾人もの少女たちの遺骸の下。じりじりとする太陽の落ちることをただ願いながら、両手で口を塞ぐついでに、前進の動きを制御してミリ単位の動きもしないように気を配った。目を見開きすぎて、もう水分が投与されなくなった。それだけの時間をここで黙って過ごしているのだと思うと、自身のこれからの時間の長さを正確に測りたくなった。せめて終わりが分かれば。
 お父さん。目を見開いたままの網膜に投影されたのは、痩せた壮年の男性だった。私のお父さん。私だけのお父さんだった。お父さんには私しかいなかったのに。お父さんは世間というものに叩かれるだろうか。汚名を掛けられ、恐ろしいほどの誹謗中傷を投げかけられるのだろうか。それを思うと、どうして私を引き取ったのだろうと、出逢いさえ失いたくなってくるのだ。あんなにも、輝くような日だったのに。私のはじめての家族。私の、私だけのお父さんだったのに。
 まだ少女たちの遺骸の間を行き来するアームだけの機械に、私は全力で日の落ちる速度を引き寄せられることを祈った。女でもない私には、月とのつながりなど無いことは分かっている。それでも、本当につながりが少しもないかなど、誰に分かるだろう。私とお父さんの生活が唐突に終わったように。
 あのダイジンは言っていた。少女の姿を模したものに対して、多くの男性が卑猥な想像をすることの助長になっている。今こそ女性の価値を、尊厳を本当に取り戻すために、一斉に粛清を行うことが必要なのです。高い声は強い波長で、私の耳を打った。そして心臓の悪いお父さんの胸もまた卑怯なほどに、見えない圧力をかけたのだ。お父さんは、私に何度も言った。大丈夫、家から出なければいい。登録は少女ではなく、家族の欄にチェックをいれたんだから、ここまでは国だって介入しないはずだ。けれど、言っているお父さんの顔色はすぐれなかった。私はすぐにでも罹りつけの医者へ行くことを提案した。しかしお父さんはどうしても私と離れることを拒んだのだ。
 お父さん。若いうちに息子を亡くし、それが亀裂となって妻と別れることになった男性。長く一人で過ごしていたが、この度、娘として少女である私を買い取った。家族だと言い、数字やキラキラしただけの記号のような呼び名ではなく、私を認識するための名前をくれた人。
 そんなお父さんが倒れた時、私に取れる選択は一つしかなかった。私は自分で自分を晒したのだ。それをお父さんは怒っているかもしれない。そうだとしても、きっとお父さんの時間はもう長くはないのだから、苦しみも少しですむはずだ。
 少なくとも、私の一日よりもずっと短い苦痛を生きていると信じたかった。
 僅かの隙間から、日の落ちた空が見えた。もう、大丈夫だ。あの機械は太陽電気で動く。日が薄い日は動きが緩慢で、アームの力が上手く動かない。そのせいで裂かれる方は長くゆっくりとその様を晒すことになるので、できることならば、獰猛なほどの熱の降りしきる中で私を見つけることを願うばかりだ。
 願う。そう言いながら、自分からは出ていくことをせず、どこかでお父さんが迎えに来てくれるのではないかと期待をしている。それは違法だ。私はもうすでに違法な産物なのだ。それでも、本物の娘だったなら、来てくれたのではないかと考える。たくさんの映画や小説でそうであるように。
 ああ。
 思わず息が漏れた。意識が緊張を解いていた。アームの残量は残っていた。そうだ、今日はとてもいい天気だったから。そう思った時には私の体はアームに捕まっていた。胴の部分を片方のアームが持ち、もう片方が私の太腿の部分を握った。逆さまにされる。外された胴の部分を握っていたアームが、もう一つの太腿へと持ち替えられた。
 ぎ、とそこでアームの電池は切れた。私は逆さまのまま、たくさんの少女たちの体液代わりの液体で、べちゃべちゃになって張り付いた服から水気が滴ってきた。それは耳の裏を通り、鼻の中に入り、そして見開いたままだった目にも溜まった。
 私たちの起動のスイッチを股の裂け目に作った人間を私は軽蔑する。
 私は、私たちを隠れ蓑に政治を動かし、企業との裏取引を成功させた政治家を嫌悪する。
 それでも、私たちは、人間を愛している。
 私を裂くのは、明日の朝日だ。

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