ヤゴのひとりごと
薫風さわやかな五月、この二十五メートルプールで、おれたちは生まれた。上空を飛行中に産気づいた母親たちが、ここに生み落としていったのだ。孵化後、おれたちはしばらくはわずかなプランクトンを食べて過ごしたが、しだいに食べるものが無くなってきた。
校庭の木の植わっている場所から離れているため、このプールには葉っぱが落ちてこない。ゆえに、プランクトンやミジンコが発生しにくい、という訳だ。おれたちは飢えて、たまに飛んでくる馬鹿なアメンボのほかは、恥ずかしいことだが「同胞を食べて」成長した。
同胞を食べまくり、ぐんぐん成長したおれたちは、最初は数万いたのが、最後の脱皮が終わった頃にはたった六十九匹に減ってしまっていた。常に腹は減っている。もうこの頃にはおれたちの目には、動くものは食物にしか見えていない。
今おれの横を通り過ぎた奴。同じ母親から生まれた兄弟だ。生まれた時からいつも一緒にいて、いちばん仲がいい。抜群の呼吸をあわせ、今まで同胞狩りをしてきた間柄だ。
おまえとはいちばんウマが合った。おれのしょうもないギャグに、いちいち腹を抱えて笑ってくれた。お互い無事、成虫になれたら、あの時計台のいちばん高いところまで競争しようと約束していたっけ。
許せ、兄弟。
・・・生き延びるためには仕方が無いのだ。
おれは兄弟に声をかけた。「やあ、今日も暑くなりそうだな」。動きをとめた兄弟の腹に、すかさずおれは嚙みついた。「ギャッ」。おれの方がわずかに体が大きい。おまえを狙ったのは、おれより体格が貧弱なのがおまえしかいないからだ。
食うか食われるか。
おれはなんとしても生き延びたい。
だからおれはおまえを食うが、必ず、おまえの分も生き延びてやる。そして、あの時計台のいちばん高いところまで、おれの中のおまえと一緒に飛ぶのだ。兄弟は小さく痙攣しながら息絶えた。臭いにつられて他の兄弟が寄ってきた。おまえを他の連中に食わせたくはなかったが、力で敵わない。おれたちは餓鬼となり、彼の皮の最後のいちまいまで食い尽くした。
午後。プールに近づいてくる集団の声がした。同時に、プールの水位が低くなってゆく。なんだなんだ。おれたちは排水溝から流されぬよう、排水溝の反対側に固まった。
声はプールサイドで止まると、子供と大人が次々とプールに降りてきて、網を入れて水をかき回した。網にすくい取られ、バケツに放り込まれるおれたち。一匹残らず捕らえられたおれたちは夕方、近くの川に流された。
「プールのヤゴを守ろうプロジェクト」の小学生と教師だ。
遅えよ。