蝉のひとりごと
早朝
一匹の蝉の幼虫が地面から顔を出しました
地中で17年過ごしてきた彼は
いまゆっくりとクヌギの木をのぼります
17年
気の遠くなる年月
天敵にも遭わず 疫禍にも見まわれず
仲間がつぎつぎ死んでいくなか 生き残った
選ばれし運命のわたし
ようやくこの日を迎えた
橡の幹の ちょうどよいあんばいのところで
しっかりと脚をふんばり 深く息づける
胸をそらせ 背中を割り
あらたなるおのれをひねり出す
見よ、白き神の子のごとき裸身
おお、翅は朝日に青く輝き そは
天界の湖によせかえす漣の如し。
ゆっくりと翅をのばしゆく
花野の精霊と戯れるために
運命のわたしを待ち受ける 虹のために
そのとき さわやかな風が吹いて
17年蝉をぽてっと落下させました
翅が伸び切らなかった彼は
一度も樹液にありつけないまま
地面をさまよい
3日後 死んでしまいました。