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「カタリ場」の授業について、5者(自治体、高校、企業、大学、NPO)協定を締結しました。

先日8月22日に、5者間で「カタリ場」を継続するため協定(「標茶町の教育振興、および教育振興を通じた関係人口の創出に関する協定」)を締結しました。本来はもっと早いタイミングの予定でしたが、コロナ禍で延期が続いてようやく締結式を行い、翌日は3年ぶりに「カタリ場」の授業を標茶高校で行いました。

今や日本の教育について少し詳しい人だと誰でも名前ぐらい聞いたことがある「カタリバ」は、そもそも大学生らが立ち上げたプロジェクトで、当時一番最初に開発して注目されたのが「カタリ場」の授業です。この授業は、コロナ禍によって本家本元の認定NPO法人カタリバでは休止状態に陥り、関西西宮、福岡北九州、そして北海道札幌を拠点とするそれぞれの団体パートナーたちが、コロナ禍のなかでも細々と活動を継続しているところです。北海道の状況は、コロナ前と比べると年間活動規模が1/5程度まで下がりました。今年度は少し復活し始めており、今回の協定は復活の兆しを前進させてくれると思っています。

本協定の特徴は、5者というそれぞれの立場が具体的な一つの授業に特化して協力するスキームを作ったという点です。ですからそれぞれの思惑や目的、そしてその効果は違うところにあります。新聞等の報道で流れましたが、本件を詳しく解説して、その意図を汲んでいただければと思います。

「カタリ場」とは、主体的・対話的で深い学びの授業を凝縮したようなもの

今世紀に入ってから「ワークショップ」の類が様々活用されるようになり、「ファシリテーション」という言葉も一般化されるようになりました。このような社会背景のなかで生み出された「カタリ場」は、主に高校の2時間の授業枠を使い、大学生が高校に出向き車座になって対話を行うワークショップ形式で、その対話の間に大学生の追体験を聞く場を2回程度散りばめて行います。生徒たちは動機付けされ省察していく効果が高まります。大学生の追体験から引き出されるように、自分から言葉を発し、自分を見つめ直すシーン(これは「ナラティブアプローチ」という理論に近い状況)が様々なグループで起こってきます。中には涙を流す生徒も出てきます。親や先生、友達にも話したことがないこともぼろっと口に出したりします。

翌日開催された「カタリ場」の授業。先輩の話を聞いている高校生と佐藤町長など見学者の方々

この授業を担う参加者は学生ボランティアで構成され、企画運営もその中から担当学生が決まり準備して臨みます。大学生たちの準備方法は活動拠点によって異なるのですが、北海道では初めて参加する大学生に9時間以上の研修を課し、授業本番とその前後を組み合わせると15〜16時間を一つの単位としています。この枠組みは、ボランティアの性質上ドタキャンやドタ参、参加者のスキルや経験に合わせた個別最適化を意識したものにもしており、大学の授業に移管しやすいようにもなっています。これらはファリシテーションスキルの育成やリフレクション効果を高めるなどの教材開発が今後盛んになることを想定していました。社会的には、「カタリ場」の授業システムにもっと注目してもらってもよい状況になったと考えています。

教員養成大学が協定に加わる意味

本協定の前段階では、2018年に標茶高校で実施がスタートした時点で、北海道教育大学釧路校の宮前耕史准教授に協力を打診し、タイミング良く非常勤講師枠で自分を委嘱することができ、学生たちにゼミ活動の一環として始めることができました。大学の授業で「カタリ場」の授業を活用した例は大分大学の教養科目「カタリバでキャリアを研く(高大接続教育)」がありますが、それに次いで二例目になったと思います。大分大学の取り組みは、平成29年12月に一度視察に行ってきましたが、似て異なるものでしたので、またの機会に書くことできればと思います。

大分大学との違いは教員養成課程の大学で実施しているため、卒業後教員として働いている人が多いということです。特に釧路校は小学校教員の輩出が多く、今回の学習指導要領の改訂に伴い、主体的・対話的で深い学びを理解して実践応用できる教員を養成しないとなりません。また昨今の教員のなり手不足や僻地における教員確保など、地方の教員養成大学の課題はかなり難度が高い情勢になってきました。これは、どこの地域の教員養成大学も同じ悩みがあり、方針転換に即したカリキュラム開発や実験は急務な状況です。

前日実施していた「ネイパル厚岸」での前日の研修の様子。合宿形式の集中講義として取り組んだ。研修の講師役は札幌圏で実践をたくさん積んでいる学生から初めて行う釧路校の学生に伝聞形式とワークショップスタイルで学び取る手法を採用している。

今回の協定調印式の会見で、釧路校のキャンパス長浅利裕一教授が「宮前先生ら個人の教員陣の貢献から今回の協定までに至り、今回釧路校として締結したが、本学のものにはまだなってない(北海道教育大学は5つの分校に分かれている)」とおっしゃっていました。今回の協定の意味は、大学教員の個人プレイから大学組織のものにしていく過程としてかなり重要な意味を持ちます。そしてそれは北海道教育大学以外の教員養成課程のカリキュラムへの影響を見据えていく必要があると考えられます。

さらに学術的な研究をするという側面の必要性も感じ始めています。カタリバの活動がかなり有名になってきてはいますが、様々な現象を学術的に考察された例がほとんどありません。例えば、2018年に標茶高校で実施した背景をもとに、北海道教育大学の半澤礼之准教授を中心として書かれた論文『大学生の「カタリ場」への参加と時間的展望 -「ナナメの関係」が学生に与える影響に焦点を当てた検討-. 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要. 2019. 51. 27-33』(共著者;江口彰、宮前耕史)はコンスタントにダウンロードされているようで、「カタリバ」というキーワードでの論文検索ニーズがあるようです。ですから「カタリ場」の授業もそうなのですが、カタリバの活動で色々起こしている現象について、研究の側面強化に繋がればと思うこともあります。

自治体や企業側からの側面

今回の協定の大きな目玉は、企業版ふるさと納税の仕組みを活用した、授業実施にかかるコスト捻出の仕方が変わったことが挙げられます。これまで標茶高校では、企業から協賛金という名目で当団体に直接入り、高校は授業を実施するだけで金銭的なやり取りが発生していませんでした(他の実施校は異なります)。ましてや自治体は関与していません。これに自治体を絡め、企業→自治体→高校支援といったお金の流れの元で授業を開催するスキームに変更しました。企業にとっても自治体にとっても新たなメリットが生まれることになり、これに伴って発生したことは、事務処理が一部変更になったのみで負担がほとんどありません。

これにより、自治体側は道立高校との関係をさらに強化するになり、企業との関係もさらに太くなります。そして何よりも教育振興という観点だと教育委員会の範疇になりますが、ふるさと納税の管轄は企画財政課ですので、組長部局が大きく関与し、そこが高校に関わることになるため、昨今の地方高校の存続問題などの向き合い方を一歩進めることに繋がります。そして協定にもあるように「関係人口」の創出という側面が生まれているのが、もう一つの特徴として挙げられます。

地方自治体の多くが18〜22歳の世代がガクンと減っている。

高校卒業後かなりの割合で専門学校や大学に進学する時代になり、これらの高等教育機関がない小さな自治体は、どこも人口減少の壁に「進学」というシステムが影響しています。小さな自治体にとって大学等の誘致は現実的ではありません。関係交流人口政策が俄に話題になっていますが、メインターゲット層を大学生世代と考えるのは自然なことだといえます。

多くの自治体で様々な大学と包括連携など結んでいると思いますが、必ずしも関係人口の数や質などを目的としているものではありません。目的や効果もばらつきがあり一概には言えません。担当教員や関係する窓口の行政職員の力量などで左右されることも多く、人事異動により形骸化することもあるようです。協定を結んでも休眠している状態もたくさんあるでしょう。

この世代と地方を結びつける関係人口施策の有力な取り組みは、地方のお祭りで大学のよさこいチームを招くという現象があると見ています。大学生の数も多く、多くの町村民との関わりが短い時間でかなり密度濃く生まれることから、その意味は大きいと思っていました。それだけでない別のコンテンツも必要でしょうから、それは「カタリ場」のような出張授業が、ある程度の人数(しかも所属大学がバラバラ)で町村民(この場合生徒)との交流を持ちやすく、有効な取り組みとして捉えることができます。

実際当団体の卒業生をみていくと「カタリ場」を実施した上士幌町に後々移住するケースが出てきました。これは「カタリ場」の授業効果とはかなり距離がありますが、実施していなかったら誕生しなかったのも事実で、きっかけが「カタリ場」にあったことは自治体にとって大きな意味になったと後から振り返ることができます。首都圏の本家も大学時代「カタリ場」の授業の取り組みに熱心だった人が、後々UIJターンで地方に移り住み、教育支援などの仕事を担っている人が多くいます。このように関係人口施策として検討や取り入れること、または他の施策と比較検証したりしても良いかもしれません。標茶町は、そこの魅力を少し感じてくれて今回の協定にも繋がりました。

高校側から見ると

実施する高校側からすると、それほど大きな変化を感じないかもしれません。個人的には、今回の協定で強化されたのは、人事異動のシステムに対応できるものになったという側面が大きいと思っています。これは「カタリ場」に限った話ではなく、ソフトスキルを育むカリキュラムや外部の人と協力して実施する授業などにも同じことが言えますが、担当教員の人事異動にかなり脆弱な状況にあります。また管理職の意思で実施に踏み切ったり、なくなったりすることもよくあります。試しに導入して良いものだ、またはノウハウが蓄積され始めた、と学校内に評価され始めてきたが、キーになる教員が異動してしまい、また振り出しに戻るというケースはよくある話です。ですからそのキーになる先生がいなくなる前に、ここまで組織横断的な実施体制をオフィシャルにしたことは、大きな意味を持ちます。

授業の質やノウハウは当団体が担いますので、担当の教員が変わってもある一定の質はキープできますし、利活用や応用についても時間をかけて伝え考えることもできます。異動だといっときの引き継ぎのタイミングでやらざるを得なく、後々伴走することが叶いません。今回の協定は、中長期的な目線での授業の安定化、別の授業などへの更なる展開への布石になるという期待が持てるものだと考えられます。

「カタリ場」後の振り返りワークショップの様子。担任の先生と大学生との対話スタイルの座談会。生徒と大学生だけの対話だけでなく、教員との対話があることで、より一層の授業の効果を引き上げることや、教員と学生の双方の研修効果が高まるものとして期待される。

最後に

今回の協定への流れは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社の伊藤博之社長(標茶町出身)から、当時の標茶高校の校長三上拓志先生を紹介していただいたことから始まりました。伊藤さんとはお会いするたびに「どうしたら教育を変えられるのかね?」と話題になります。初音ミクで知られる先端技術を駆使した創業者が、地味な学校教育に関心を持っていただいていることは、希望と大きな励みになります。

また、これまで北海道で実施し始めて12年間で、240回以上、26,000人以上の生徒に届けてきて、それに伴い延べで1万人以上の大学生ボランティアが活動してくれました。今回の協定は、実施している授業は同じだけど実施体制の大きな変化が生まれ始めた、次のステージの移行を意味すると考えられます。

今回の授業の終えた最後に、本授業を担当した学生マネージャーからは溢れる思いと涙のスピーチをしてくれました。見学された方や同席いただいた教員にも、大きく心揺さぶったのだと思います。これは12年前も今も変わりません。「カタリ場」の授業を生み出した、今村久美さん(カタリバ創業者)ら当時の大学生たちも同じだったと思います。一つ一つの若者の思いが積み重なって、これまで様々な現象が起きてきましたが、今回もその一つの現れとなりました。改めて関わっていただいた皆様に感謝申し上げます。

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