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短編小説(ショートショート)

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記事一覧

ショート小説『おとり捜査』※1741文字(約3分)

 キラキラと煌めく星の下で、右手に血の付いた包丁を持ち仰向けに寝ていた。山の中だということはわかる。だが記憶はない。頭が痛い。 「おい」と声が聞こえる。起き上がり声の方へ目をやると一人の男が立っていた。くたびれたスーツに輝きを失った革靴、ぼさぼさの白髪交じりの黒髪。何十年も見てきた顔、間違いなく「私」だ。私が目の前に立っている。 「お前は誰だ?」と私は声を掛ける。男は「私はお前だ」と答える。私が眉間に皺を寄せると「明日のお前だ」と男は言う。「そんなことはどうでもいい。とにかく

ショート小説『ひきこもりゲーム』※3103文字(約6分) 

「Home Homeってゲーム知ってる?」 「え?」 「ホムホム。聞いたことない?」  ホムホムとの出会いは高校3年、外に出るのが嫌になる暑さの続く夏の日だった。前の席のクラスメイト(ホムホム上でのアカウント名は「カズサノスケ」)からホムホムを知らないか聞かれた時だ。  部活も終わり、受験勉強しかすることが無かった、あの時に出会った。  ホムホムは、家にいる時間が長い方が勝つというシンプルなゲームだ。1日の内、どのくらい家にいたのか、それを競う。  猛暑の続く夏の日をでき

ショート小説『タワマンキャンプ』※2283文字(約5分)

「ねぇ!タワマンキャンプに行きたい!」  来年中学生になる息子が夕食のハンバーグを食べながら言う。 「何キャンプだって?」 「タワマンだよ!タワマン!」 「タワマン…って、30年くらい前に流行った、あのタワマンか?」  息子は箸を動かすのを止め眉間に皺を寄せる。 「よく知らないけど、友達が今度行くんだって!夏休みどこにも行ってないんだから連れてってよ~」  息子の話を聞きながら、携帯の検索バーに「タワマンキャンプ」と入力する。 『タワマンキャンプとは、タワーマンションキャン

ショート小説『ハラスメント』※1642文字(約4分)

 スマホの通知ランプが緑色に光る。  メールが来た合図だ。  上司とのやり取りはメールのみで行う。本文は無く、添付ファイルのみ。作業の目的、期限、内容、注意事項、全てが書かれている。始めは違和感があったが、今ではすっかり慣れてしまった。  私が入社した15年前は、出勤するのが当たり前だった。出勤し、朝のミーティングを行い、会議室に集まり、作業指示を貰った。直接。顔を合わせて。  ちょっとした雑談も、昼休み後のうなだれた空気も、定時後の開放的な気分も、愚痴を言い合う飲み会も、

ショート小説『リスキーさん』※1282文字(約3分)

「リスク管理表は確認していたのか?」と、課長がいつものように人を試すような声で聞いている。2つ下の後輩が手を大きく動かしながら説明をしているが、課長は腕を組み、眉間に皺を寄せたまま動かない。  隣に座る同僚が、目線をパソコンの画面に向けたまま顔を少しだけ寄せてきて「またリスキーさん怒ってるよ」と小声で言う。  課長をよく思わない社員は、陰で課長のことを「リスキーさん」と呼んでいる。3か月ほど前の出張研修という名の東京観光の後から、やたらと「リスク管理が」と言い始めたからだ。

ショート小説『忙しすぎるサラリーマン』※1071文字

「次の会議って何時からだっけ?」  私は隣に座る同僚に尋ねる。 「16時からだったはずだけど…」  スケジュール帳を見ながら同僚が言う。 「あぁそうだった。最近忙しすぎてスケジュールすら忘れそうだよ」 「お前、会議多いもんな。全然席にいないし」 「今日も朝から会議で、昼前にやっと終わったと思ったら、昼休みを挟んでまた会議だよ。そしてまた16時からって」  ふぅ~と私はため息をつき、会議の資料を机の上に置く。 「でも16時からの会議、俺は出ないことにしたよ。課長に頼み込んだ」

ショート小説『エレベーターに乗って』※1521文字

 僕は、いつものようにエレベーターを待っている。「2045階」という表示がようやく「1000階」まで降りてきた。  あと15分は待たなければならない、と僕はため息をつく。 「どうした?ため息なんかついて」 同じ階に住んでいる幼馴染だ。 「おはよう。今日は2000階からだったんだよ。待つの長いなって」 「2000階か。お前の会社何階だったっけ?」 「4125階だよ」と、僕はぶっきらぼうに答える。 「そんなに上の階だったか。まぁ俺も4034階だけどな」 「それにしても、お互い良い

ショート小説『広告』※1149文字

「また、出てきたよ」  私は思わず声を上げてしまう。 「お、どうした?また問題発生か?」  隣の席の同僚が顔だけをこちらに向け、面白がって聞いてきた。 「いや、違うんだよ。今週のタスクの為に調べ物をしていたら、これだよ」  私は精一杯の呆れた顔を作り、携帯の画面を同僚の方へ向けた。 「あぁ、多いよな最近、その全画面広告」  同僚は「なんだ問題じゃないのか」と少しがっかりした顔をしながら正面のパソコンへと顔を戻し、キーボードをカタカタと打ち出した。 「これが出てくると読む気が失

ショート小説『海の統べる街』※2738文字

雨が降り続いた。 数日間、数年間、数十年間、数百年間。 雨が止む頃には、地球上の全てを海が包み込んでいた。 「ねぇ。何を探しているの?」 小さな男の子が、船の先端で海を眺めている男に声をかけた。 「ん?『陸』と呼ばれるものだよ」 「リク?」 「あぁ、1000年ほど前までは、陸と呼ばれる場所があったらしいんだ。全て海に沈んでしまったらしいがね」 男の子は、首をかしげながら聞く。 「リクには何があったの?」 「みんなそこに住んでいたんだよ。この狭い船の上ではなくてな

ショート小説『お母さんが子どもの手を握り、踏切が開くのを待っている。』※1294文字

お母さんが子どもの手を握り、踏切が開くのを待っている。 一瞬だったが、窓からそれが見えた。学校に連れて行くのだろうか。うちの子にもあんな時期があったことを思い出す。 いつだっただろうか。4年生の頃か。突然「学校に行きたくない」と言い出した。 それまで、毎日のように友達の話をしたり、勉強の話をしたりしていたのに、突然、行きたくないと言い出した。 風邪を引いても、駄々をこねて学校に行くほどに好きだったのに、と頭を抱えたのを覚えている。 でも、それ以来、小学校に行くことは

ショート小説『夢のマイホーム』※1473文字

「マイホーム?」 俺は、一口飲んだビールを置きながら、幼馴染の話に思わず聞き返した。 「いい土地が見つかってさ。街からは離れるけどな」 「どの辺なんだ?」 ねぎまを手に取りながら聞く。 「S町だよ。あの県の外れの」 「遠いな。まあ、でも、おめでとう」 「なんだ、でも、って。心がこもってないな」 「そんなことないよ」 「嘘つくなよ。何年の付き合いだと思ってんだ」 こいつの観察力は子供のころからの変わらないな、と思いつつ答える。 「最近考えてるんだよ。持ち家か賃貸かっ

ショート小説『1時間で終わらせてって言ったよね?』※1985文字

「1時間で終わらせてって言ったよね?」 システムの保守チームに配属されて、部長から何度この言葉を聞いただろうか。 その言葉を聞くたびに、私の心を守っている壁のようなものに亀裂が入っていく。 この保守チームのリーダーは、システム部の部長が兼任している。 一般的に部長は現場作業をしない。が、今回のこの保守チームは、トラブルが重なって、部長自ら指揮を取ることになったのだ。 トラブル続きのチームに呼ばれたのは、私の能力が評価されたのか、たまたま前のプロジェクトが終わっただけ

ショート小説『毎日、同じことの繰り返し。』※1852文字

毎日、同じことの繰り返し。 大手のIT企業に就職して、気づけば10年目となった。1年目に抱いていた希望は、どこに忘れてきてしまったのか、今では立派に目の死んだサラリーマンだ。 朝7時、スマホから不快な音が鳴る。自分で設定しているのだが、壊してしまいたいほどに憎くなる。 また1日が始まる。 目は覚めているのだが、体は動かない。頭がぼーっとする。視界も狭い。 スマホを手に取り、アラームを消す。そのまま流れ作業のようにニュースアプリを起動し、特に興味も無いニュースを流し見

ショート小説『AIと共に生きる』※1665文字

「確かに、その偏差値ならY大学を受けるのが妥当です。現代文の勉強時間を32%減らし、数学の勉強時間を10%、生物の勉強時間を23%増やしてください。そうすれば78%の確率で合格できます。」 耳に掛けたAIが、直接僕の脳に語り掛けてくる。 AIに聞けば答えはわかる。なのに、なぜ勉強が必要なのだろうか、と考えながら現代文の教科書を置き、数学の問題集を手に取る。 「それは、受験のルールが時代に追いついていないからです。AIが急速に発達したことにより、法改正が追い付かず、前時代