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ショート小説

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5分程で読める『#ショート小説』と、1000文字ぴったりの小説『#1000文字の物語』を書いています。
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記事一覧

#1000文字の物語『手ぶらの友達』

 帰宅する人々が行き交う駅の改札前で、俺は友達と待ち合わせた。 「すごいな、都会は。祭りでもやってるのか?」 「なんだ、その田舎者のテンプレみたいな台詞は」 「いや、言ってみたかったんだよ。あるだろう? そういう言葉」 「え、無いよ」 「ほら、例えば『レギュラー満タンで』とか」 「いや、無いだろ」 「『私と仕事どっちが大事なの⁉』とか」 「無いよ。てか荷物は? 手ぶらで来たのか?」 「まぁな」 「凄いな。とりあえず行こうぜ、いい店知ってるんだ」 「あ、いいね、それ!『いい店

#1000文字の物語『次の駅で降りた。』

 ゆりかごのような心地よいリズムが繰り返されている。目の前にある窓には、左から右に、捉えきれない速度で景色が流れている。  ガタン、ゴトン、という音が、一定の間隔で耳に届く。寝過ごしたことに気づいたのは、その音が聞こえ出して数秒後のことだった。  電車内に人はいない。どこを走っているのだろうか。窓から見える景色には、まるで見覚えがない。  煌めく海。そして港町。かもめが優雅に空を泳ぎ、電車の音にかき消され、聞こえないはずの波の音が、私の耳にはしっかりと届いている。  

#1000文字の物語『第七章の空白』

 引っ越しの日だった。荷物をまとめ終わり、最後の確認をしていると、ふとクローゼットが気になった。何かがそこにある感覚があったのだ。  クローゼットを開けると、そこには埃をかぶった一冊の文庫本が転がっていた。タイトルにも装丁にも見覚えはない。積もった埃を自然に手で払いページをパラパラと捲ってみる。 タイトルは『第七章』。それだけではどんな物語なのか全く想像がつかず、私は目次をざっと眺めた。一章から六章までは人名のタイトルが付けられ、それ以降はタイトルが付けられていなかった。

ショート小説『仕事納め課 監査係』

「仕事納めって、やる気でないよなぁ」 「わかる。もう午後から頭はバカンス気分だよ」 「でも今日までのタスクがあるんだよな」 「うわぁ、それしんどいな」  僕は椅子にもたれかかり背伸びをする。「はぁ~」となんともやる気のない声が出ている。  早く家に帰りたいのか無意識に入口のドアを見ると、バンッと何かが破裂したような音と共に、真っ黒なスーツを着た男性が二人入ってきた。  きっちりとアイロンの掛けられたスーツに白いシャツ、地味な色のネクタイ、髪の毛は綺麗に整えられている。見るから

ショート小説『赤い服のおじいさん』

 あの赤い服を着たおじいさんを撮ろうと思って、スマホを思いっきり上に投げた。  ドシッという音と一緒に赤い服のおじいさんが落ちてきた。「痛てててて…」と腰をさすりこちらを見る。 「危ないじゃないか。急に物を空に投げたらだめだよ。特にクリスマスの夜なんかにはね」 「あなたはだれ?」  僕は尋ねた。 「おや、お前さん、この格好を見てわからないのかい?」  僕は首を横に振る。 「はじめましてだと思うよ。お母さんの知り合い?」  赤い服のおじいさんは小さく首を横に振る。 「君の家に

ショート小説『究極の選択』

「太陽が3つあるとします」  指を3本立てながら先生が言う。  なにそれ、わけわからん、意味ないだろ、だからなに、とクラスの皆が小さな声でヒソヒソと話し始める。 「いま『そんなわけない』と思った人は、常識に捉われています」  先生は真顔で話を続けた。 「かつてアインシュタインは、時間が不変であるという常識を疑うことで、相対性理論を見つけました。当時ではあたりまえであった理論を根本から覆したのです」  先生の声に力が入る。 「太陽がひとつしかないというのは、この時代

ショート小説『太陽』

 真っ赤に染まる夕陽を目の前にして、俺はそっと涙を流した。  太陽が活動を停止すると言われ始めたのは、5年前。突然の出来事だった。ある科学者が、動画投稿サイトで「太陽の活動は、あと5年で止まる」という動画を投稿したのだ。  動画が投稿されてから一ヶ月間での再生数は100以下であった。どこにでもある、ありふれた陰謀論だと誰も見向きはしなかった。しかし、状況は一変する。ある有名動画配信者が、その科学者にインタビューを行ったのだ。  その動画は、1時間で100万再生を超え、次

ショート小説『おとり捜査』

 キラキラと煌めく星の下で、右手に血の付いた包丁を持ち仰向けに寝ていた。山の中だということはわかる。だが記憶はない。頭が痛い。 「おい」と声が聞こえる。起き上がり声の方へ目をやると一人の男が立っていた。くたびれたスーツに輝きを失った革靴、ぼさぼさの白髪交じりの黒髪。何十年も見てきた顔、間違いなく「私」だ。私が目の前に立っている。 「お前は誰だ?」と私は声を掛ける。男は「私はお前だ」と答える。私が眉間に皺を寄せると「明日のお前だ」と男は言う。「そんなことはどうでもいい。とにかく

ショート小説『ひきこもりゲーム』

「Home Homeってゲーム知ってる?」 「え?」 「ホムホム。聞いたことない?」  ホムホムとの出会いは高校3年、外に出るのが嫌になる暑さの続く夏の日だった。前の席のクラスメイト(ホムホム上でのアカウント名は「カズサノスケ」)からホムホムを知らないか聞かれた時だ。  部活も終わり、受験勉強しかすることが無かった、あの時に出会った。  ホムホムは、家にいる時間が長い方が勝つというシンプルなゲームだ。1日の内、どのくらい家にいたのか、それを競う。  猛暑の続く夏の日をでき

ショート小説『タワマンキャンプ』

「ねぇ!タワマンキャンプに行きたい!」  来年中学生になる息子が夕食のハンバーグを食べながら言う。 「何キャンプだって?」 「タワマンだよ!タワマン!」 「タワマン…って、30年くらい前に流行った、あのタワマンか?」  息子は箸を動かすのを止め眉間に皺を寄せる。 「よく知らないけど、友達が今度行くんだって!夏休みどこにも行ってないんだから連れてってよ~」  息子の話を聞きながら、携帯の検索バーに「タワマンキャンプ」と入力する。 『タワマンキャンプとは、タワーマンションキャン

ショート小説『ハラスメント』※1642文字(約4分)

 スマホの通知ランプが緑色に光る。  メールが来た合図だ。  上司とのやり取りはメールのみで行う。本文は無く、添付ファイルのみ。作業の目的、期限、内容、注意事項、全てが書かれている。始めは違和感があったが、今ではすっかり慣れてしまった。  私が入社した15年前は、出勤するのが当たり前だった。出勤し、朝のミーティングを行い、会議室に集まり、作業指示を貰った。直接。顔を合わせて。  ちょっとした雑談も、昼休み後のうなだれた空気も、定時後の開放的な気分も、愚痴を言い合う飲み会も、

ショート小説『リスキーさん』※1282文字(約3分)

「リスク管理表は確認していたのか?」と、課長がいつものように人を試すような声で聞いている。2つ下の後輩が手を大きく動かしながら説明をしているが、課長は腕を組み、眉間に皺を寄せたまま動かない。  隣に座る同僚が、目線をパソコンの画面に向けたまま顔を少しだけ寄せてきて「またリスキーさん怒ってるよ」と小声で言う。  課長をよく思わない社員は、陰で課長のことを「リスキーさん」と呼んでいる。3か月ほど前の出張研修という名の東京観光の後から、やたらと「リスク管理が」と言い始めたからだ。

ショート小説『忙しすぎるサラリーマン』※1071文字

「次の会議って何時からだっけ?」  私は隣に座る同僚に尋ねる。 「16時からだったはずだけど…」  スケジュール帳を見ながら同僚が言う。 「あぁそうだった。最近忙しすぎてスケジュールすら忘れそうだよ」 「お前、会議多いもんな。全然席にいないし」 「今日も朝から会議で、昼前にやっと終わったと思ったら、昼休みを挟んでまた会議だよ。そしてまた16時からって」  ふぅ~と私はため息をつき、会議の資料を机の上に置く。 「でも16時からの会議、俺は出ないことにしたよ。課長に頼み込んだ」

ショート小説『エレベーターに乗って』※1521文字

 僕は、いつものようにエレベーターを待っている。「2045階」という表示がようやく「1000階」まで降りてきた。  あと15分は待たなければならない、と僕はため息をつく。 「どうした?ため息なんかついて」 同じ階に住んでいる幼馴染だ。 「おはよう。今日は2000階からだったんだよ。待つの長いなって」 「2000階か。お前の会社何階だったっけ?」 「4125階だよ」と、僕はぶっきらぼうに答える。 「そんなに上の階だったか。まぁ俺も4034階だけどな」 「それにしても、お互い良い