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ショート小説『おとり捜査』※1741文字(約3分)

 キラキラと煌めく星の下で、右手に血の付いた包丁を持ち仰向けに寝ていた。山の中だということはわかる。だが記憶はない。頭が痛い。
「おい」と声が聞こえる。起き上がり声の方へ目をやると一人の男が立っていた。くたびれたスーツに輝きを失った革靴、ぼさぼさの白髪交じりの黒髪。何十年も見てきた顔、間違いなく「私」だ。私が目の前に立っている。
「お前は誰だ?」と私は声を掛ける。男は「私はお前だ」と答える。私が眉間に皺を寄せると「明日のお前だ」と男は言う。「そんなことはどうでもいい。とにかくその包丁を渡せ」と迫ってくる。
 私は男に言われるままに右手に持っていた血の付いた包丁を男へ渡した。
「この包丁が無ければお前は捕まることが無い」と男が言う。「つまり私が捕まることは無い」と自分を指さしながら続ける。私は眉間に皺を寄せたままそれを聞く。
 赤い光と共にサイレンの音が聞こえる。男は
「いいか。何も知らない、わからないで突き通せ」と言い、暗闇へと消えていった。

「何も知らない。覚えてないんだ」
 無機質な閉鎖された部屋で光を当てられながら私は男に言われた通りに答える。いや、実際に何も知らないし覚えていないから、男に言われて答えているわけではない。
「凶器はどこに隠した?」よれよれのスーツを来た強面の男が低い声で言う。「だから知らない」と私は答える。これは嘘だ。「私」が持って行った。「言うまで出られねえぞ」と男は続ける。

 次の日になっても私は「知らない」と言い続けた。男も困り「このままだと埒が明かねえなぁ」と隣にいる部下に小さな紙を渡しながら言い「あれ使うぞ」と小さな声で続ける。
 そこから意識が飛んだ。気が付くと私は自分の部屋のベッドの上で寝ていた。
 ベッドに置いてある時計を見ると、逮捕される前の日、つまり包丁を持って立っていたあの日の朝だった。
 玄関の閉まる音が聞こえる。「私」が出ていったのか?窓から外を見ると、「私」がいつも通りに出勤している。
 つまり私は過去の世界に来たということか。だとしたら、「私」を説得すれば犯罪を犯さないのではないか?

 急いで家を出て「私」を追いかけるが、もうその姿は無い。この日の行動を思い出せない。会社に行ったのか?営業周りをしていたのか?
 思い当たる場所は回ってみたが、私を見つけることはできなかった。
 仕方なく、あの夜の場所に行くしか手はなかった。

 あの夜の場所に行くと、「私」が右手に包丁を持ってやってきた。
 私は「私」に怒りが湧いた。なぜ犯罪を犯したのだ、と。気が付けば足元に落ちている石を手に取り、「私」の頭の上へと振りかぶっていた。
 殴ってすぐ我に返った。一時の感情で、今まで積み上げてきた人生を壊すわけにはいかない。
 しばらくして目の前に倒れていた私が目を覚ました。「おい」と私は声を掛け「とにかくその包丁を渡せ」と言い、包丁を受け取る。

 これで捕まらなくなる。

 パトカーの音が聞こえる。私を追ってきたのだろう。パトカーの音とは違う方へと私は逃げる。  
 目の前がパッと光る。
 静かで暗い存在感のないパトカーが目の前に並んでいる。その前の中央には取り調べの時の男が立っている。

 どういうことだ?
 「私」は連れていかれたはずだ。

「おとり捜査さ」
 男は煙草に火を点けながら言う。
「捕まった奴ってのはな、あの時こうしていれば捕まらなかった、って思うんだよ、一度はな」
 煙草を口から離し煙を吐く。
「だからな。それができる環境に犯人を置こうじゃないかと。そうすれば自分を救いに行くもんだと」
 自分を救いに行く?今の私みたいに?
「混乱しているみたいだな。まぁ当然か」
 男はまた煙を吐く。
「開発されたんだ、タイムマシンが。本当は事前に犯罪を防ぎたいんだが、おまえらってのは勘が良い。」
 男は上を向き、大きく煙を吐く。
「過去に情報を送ったとしても逃げられることもある。まぁ犯罪する前は捕まえられないしな」
 男が私を小さく指差す。
「だから犯人自身に犯人を見つけて貰って捕まえるってわけよ。まあ、言ってみれば、お前がおとりで、お前が犯人だ」
 男が少しずつ近づいてくる。
「おとり捜査、お疲れ様」
 キラキラと煌めく星の下で、私は人生で2度目の手錠を掛けられた。

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