アリス・マンロー 『ジュリエット』

★★★★★

 2004年、アリス・マンローが73歳のときに刊行された短篇集。翻訳版は2016年。原題は『Runaway(家出)』ですが、映画化された連作短篇に倣って『ジュリエット』にしたそうです(映画のタイトルは『ジュリエッタ』)。

 アリス・マンローの小説がいまひとつ好きではないという友人が、その理由として、なんとなく話がぼんやりしているから、と言っていました。
 なるほど。そう言う気持ちもわからなくはありません。というのも、マンローの作品にはきっちりと構築されたタイプの物語が少ない印象があるからです。
 しかし、本作を読んでも同じことが言えるかな? そう友人に尋ねてみたいです。

 アリス・マンローの文学的な文体と物語性のある構造とが融合している秀逸な作品が揃っています。抑制の利いた文体と作話とのバランスがよく、次の展開が気になり、ぐいぐい読めます(英語でいうところのpage turnerな1冊です)。

 とりわけ、表題作の『家出』、『罪』などは実に物語性に富んだ短篇です。サスペンス的な要素があったり、展開にひねりがあったりと、枠組みがしっかりしています。文体も他の著作と比べると端正というか、詩情に寄りすぎていないように感じます。
 さらに、日記や手紙といった様々な文体を交えて物語が進行する『パワー』は、時間軸が前後する巧みな構成も手伝い、魅力的な作品に仕上がっています。

 もちろん、マンローの作品なので、「ああ、おもしろかった」と消費して終わってしまうわけではありません。じんわりと持ち重りのする読後感があります。深い視座と確かな技術に裏打ちされた一級品の文学作品です。

 それにしても、マンローの小説は読む度に嘆声が洩れ出てしまいます。短篇という短い分量のなかでどうしてこれほど人生の機微に通じた物語が紡げるのでしょうか。まさにマジック・タッチです。
 一つ前に感想を書いたクセニヤ・メルニクの作品も良質なのですが、まだまだ肩に力が入っているというか、堅いところがある気がします。およそ、マンローの境地には達していないでしょう。
 さらりとした筆致で軽々と描いているように見せながらも、およそ真似のできない完成度。達人の域ということでしょうか。

 これで翻訳されているアリス・マンローの著作はひととおり読んでしまいました。新作が出るかは未定ですが、未訳の作品が翻訳されるのを願っています。

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