クセニヤ・メルニク 『五月の雪』

★★★★☆

 ロシアに生まれ、15歳でアメリカに移住した作家クセニヤ・メルニクの処女短篇集。9篇収録。

 ロシアの極東の町マガダンを中心にした物語です。ソビエト連邦とその崩壊、シベリア強制収容所、共産主義下での生活といった歴史的背景を下地として、市井の人々の人生や人生の一コマが丁寧に描かれています。
 ふつうの短篇集と思って読んでいたら、途中から前の話の登場人物が出ていることに気がつきました。連作短篇なのですね。

 クレストブックスのシリーズは移民二世の作品が割と多い気がします。ジュンパ・ラヒリもそうですし、ジュノ・ディアスもそうです。他にもたくさんいたと思います。
 彼/彼女らの作品では、異文化間の揺れ、適応と異化といったことが基底となっている物語が少なくありません。
 本書もその例に漏れず、共産圏のロシアとアメリカという冷戦構造下の両極端な状況に引き裂かれた思いが通底音としてあります。メルニク自身、二つの文化の下で生まれ育ったことが創作活動に大きな影響を与えているのではないでしょうか。

 どうして移民二世の小説がたくさんあるのかというと、彼/彼女らには書くべき物語があり、書かずにはいられない動機があるからでしょう。
 移民一世である親の世代は、新たな環境に適応して生き延びていくことで精一杯で、その経験を語り得るだけの言葉を持ちませんでした。比喩的にではなく、実際にそれを語れるほどの言語力を身につけることは難しかったでしょう。
 しかし、二世になると話は変わってきます。アメリカの文化に馴染み、英語能力もほぼネイティヴレベルです(私見ですが、クレストの移民系作家はアメリカ移民が多いです)。異文化への適応や生まれ故郷への思い、両者の間で引き裂かれている感覚が、言葉にならない声を引き出し、それを語れるだけの言語能力と合わさったとき、優れた物語が生まれるのではないでしょうか。

 さて、本作です。
 二番目の『皮下の骨折』を読んでいるとき、どこかアリス・マンローを思わせるところがあるな、という感想を抱きました。短篇ながら一人の一生を追っていくスタイルと、その追い方が似ているような気がしたわけです。ただ、それは第一印象でだけでした。そもそも文体が似ていないし、モチーフや視座にもそれほど共通したところは感じませんでした。
 解説を読むと、メルニクはラヒリに大きく影響を受けたそうです。
なるほど。そう言われてみると、マンローよりはラヒリに近いような気がします(とはいえ、そのラヒリはマンローを敬愛しているわけですが)。

 全篇通じて、ギミックや仕掛けはありません。物語の構造ではなく、筆致で魅せる作品が詰まっています。よい話とか心温まる話というように図式的に表せる話もありません。けれども、人生の機微というべきものをさり気ないかたちで丹念に表しています。
 よい短篇小説に必要な要素がしっかりと詰まっている良作揃いです。次作以降が楽しみな作家です。

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