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ジョン・ケネディ・トゥール 『愚か者同盟』
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★★★★★
気がついたら読書感想を投稿するのは2年ぶりです。そのあいだもいろいろ読んではいたのですが、なかなか感想を書いてアップする余裕がありませんでした。
べつに誰が読むわけでもないのだからいいじゃないか、と思っていたのですが、ときどき思い出したかのように「スキしました」の知らせが届き、読んでくれる人がいるのだなあ、と励まされました。今後はできればこまめに投稿していきたいです。
そして、ひさしぶりの投稿のきっかけをくれたのが、文句なしで五つ星の本書でし。
2022年7月刊行。訳者は、第5回日本翻訳大賞受賞作の『JR』(940ページの大作)を訳された木原善彦さん。本書も550ページ近いぶ厚い本で、片手で持って読むのはちょっとつらいです。さらに、税抜3800円となかなかのお値段(ちなみに、上記の『JR』は8800円……学術書並ですね)
本書は1981年にピュリツァー賞を受賞し、全世界で200万部を超えるベストセラーですが、僕はまったく知りませんでした。著者は当時さまざまな出版社に本書を売り込んだもののリジェクトされ、失意のまま旅先で自死したそうです。生前に不遇をかこった作家は多いですが(最近だと、ルシア・ベルリンとか)、ジョン・ケネディ・トゥールもその例にもれません。そのため、著作は本作のほかに1冊しかないそうです。
これほどおもしろい小説が人知れず消えていた可能性があったと思うと、運や巡り合わせも作家の実力の一部なのだなと感じてしまいます。原稿を持ちこんでくれた著者の母には感謝ですね。生前にきちんと評価を受けていたら、著者の人生も違ったものになっていたのではないでしょうか。
献辞に「世界に真の天才が現れるときには、愚か者が同盟を結んでその人に敵対する」というジョナサン・スウィフトの言葉があります。おそらく、タイトルはここからつけられているのでしょう。ひょっとするとこれは、世間から理解してもらえず、失意のまま亡くなった著者トゥールの心情を代弁しているのかもしれません。
僕は本作をたまたまネットで見かけて、どういうわけかたまらなく読みたくなって手に取りました。そして、数ページ読んで、「あっ、これは当たりだ」と確信しました。そういう小説ってたまにあります。これだから勘に頼るのはやめられません。
身近にいたら確実に迷惑な人ばかりが登場する小説なのですが、物語として読むと、全員がそれぞれカラフルで生き生きとして見えるから不思議です。まさに小説マジック。偏狭で自堕落で身勝手な太っちょの主人公、イグネイシャス・ライリーも現実では絶対に付き合いたくないタイプですが、本作では魅力的に描かれています。これこそ小説の力です。
それにひと役もふた役も買っているのが、訳文のヴォイスでしょう。ライリーの口調を敬体にした判断と細かな言葉づかいが実に巧みで、読んでいるときに何度も声を出して笑いました。ジョークっぽいところもさることながら、そうした訳文の妙が僕はかなりおかしかったです。こういうおかしみを訳出できるのはすごいなあ、と感心しきりでした(ところで、黒人男性ジョーンズの口調がちょいちょい出川哲郎なのは意図的なのでしょうか……?)
本作は舞台化されていて、YouTubeで動画を観るかぎり、やはりコメディとして捉えられているようです。登場人物の見た目は思い描いたとおりでしたが、実在の役者が演じている姿を目にすると、登場人物に対する好意が、文字で読むよりもいくらか目減りする気がしました。文字という情報の少なさが功を奏することも少なくないようです。
感動的な場面や(笑い以外で)涙を流すことはないでしょうが、500ページを超える小説なのについつい引きこまれてしまう最高におもしろい小説でした。著者がもし生きていたらほかの作品も読めたのにと思うと、残念で仕方がありません。