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コロンブスも神宮の木も正直どうでもいい【壁の向こうの住人たち】A.R.ホックシールド

Mrs. GREEN APPLEのMVが炎上し、あっという間に公開停止になった。
正直、ここまで「残念ながら当然」と思った炎上は、8年前の資生堂のINTEGRATE以来である。

すぐにHPに謝罪文が掲載されたところからして、全く悪気はなかったのだろうし、曲自体はいい曲なので、このままお蔵入りはもったいない。
AIあたりでMVを適当に作って差し替えるのでは駄目なのだろうか……?

Xでは「信じられない人権感覚だ」などと吹き上がっている人も見られたが、そんなに怒らなくてもいいではないかと思う。
友達や親戚にネイティブ・アメリカンの方がいるのであれば、まあ気持ちはわかるのだが、日本国内ではそんなに多くはないだろう。

なぜ怒っているのかわからないといえば、神宮外苑の木を切るなと言っている人たちもよくわからない。
「そもそも私有地だから」とか「年老いた街路樹は切らないと危ない」とかいう話もあるのだが、それ以前に、どうしてたかが都心の街路樹にそんなにこだわっているのだろう。
木なんて、正直どうでもいい。そんなことより、しれっと増えてる年金徴収額の方がよっぽど問題なのに、そこに関しては何も言ってくれない。

本当に本当に、左派なんて何も役に立たない。

というような事象が極まって、分断が致命的に広がっているのがアメリカである。

本書の著者、A.R.ホックシールドは、「感情労働」という言葉を生み出したことでも有名な女性社会学者だ。

2016年に原著が発行された本書では、アメリカ南部ルイジアナ州で暮らす白人中間層にインタビューを重ねることで、トランプ政権誕生の背景を浮かび上がらせている。
彼らはほとんどが共和党を支持しており、保守的で、家族と地域を愛し、敬虔なクリスチャンだ。

ルイジアナ州は、深刻な環境汚染に悩まされているにも関わらず、環境規制を謳う民主党を嫌っている。「大きい政府」に反対するティーパーティー運動に参加する人も多い。

ホックシールドはこの矛盾を「ディープストーリー」という単語を使って説明する。

ディープストーリーとは、"あたかもそのようにかんじられる”物語のことだ。シンボルという言語を使って、感情が語るストーリーなのだ。そこからは良識に基づく判断は取り除かれている。事実も省かれている。物事がどのように感じられるかのみが語られる。

『壁の向こうの住人たち』P191

私達は誰もが「ディープストーリー」を持っており、その枠組みから物事を理解する。

ルイジアナの人たちは、決してFOXニュースに騙されているわけでも、無知蒙昧で差別的なわけでもない。調査にきた著者にも、親切で優しくオープンマインドだ。
責任感を持って真面目に働いているが、生活は苦しくなっていっている。

そうした状況で彼らは、ディープストーリーを強固にしていく。

「アメリカンドリームという夢に向かって真面目に働いていた自分たちの前に、移民や黒人や女性やLGBTが割り込んできて、自分たちが割を食っている。割り込みを推進しているのがリベラルである」と。

あなたは、"自国に暮らす異邦人”なのだ。(中略)自分に落ち度があったからではなく、何か目に見えないものによって、あなたはどんどん列の後ろへ追いやられていく。
あなたは尊厳を取り戻そうと、職場に目を向ける。しかし賃金は横ばいで、雇用は不安定だ。だからあなたは、ほかのものをさがす。白人であることは、加点の理由にならない。性別(ジェンダー)はどうだろう。もしあなたが男性なら、やはり加点は期待できない。ゲイでなければ、異性間結婚をした男として誇りが持てそうに思うが、いまはそんなプライドはホモフォビアのあかしと見なされる時代だから、軽蔑されるのが落ちだろう。
(中略)
ほんとうの自分、ほんとうに自分がしてきたことを知ってもらいたいと強く願う一方で、「かわいそうな自分」を哀れむ人々のパレードには加わりたくない。あなたはふたつの思いの間で身動きできなくなっている。

『壁の向こうの住人たち』P205

真面目に生きてきた人生が、上手くいかなくなくなり、それが自分の責任ではなかったとしたら、どうしたらよいのだろうか。
それでも「犠牲者」として憐れまれるのではなく、自ら誇りを取り戻したい。その想いに応えてくれるのが、ティーパーティーであり、トランプ氏なのではないだろうか。

これは単に、海の向こうの遠い国の話ではない。
日本のディープストーリーであれば、きっとこんな調子だ。

一生懸命働いても、なけなしの給料からは社会保険料がひかれ、税金がひかれ、手取りは全く増えない。将来はどうせ年金はもらえない。現役世代から巻き上げた金は全て高齢者に奪い取られ、NPOは公金チューチュー。コロンブスの歌には怒り、神宮の木と憲法9条は守れとうるさいくせに、若者は守ってくれない。リベラルなんて逃げ切り体制に入っている年寄りの道楽だ。高齢者は集団自決しろ。

こうやって分断が深まっていけば、日本版のトランプ政権が出来る日も近いのかもしれない。

(え? それがアベ政権? だからそういうとこだってばよ!)

「リベラル派はみんなこう思っているのよ。聖書を信じている南部人は無知で時代遅れで、教養のない貧しい白人ばかりだ。みんな負け犬だって。わたしたちのことを、人種や性や性的指向で人を差別するような人間だと思っているのよ。それからたぶん、でぶばかりだってね」

『壁の向こうの住人たち』P35

分断をこれ以上深めないためには、ホックシールドがおこなったように、お互いの気持ちに寄り添っていくしかない。

「リベラル」を名乗るのであれば、決めつけではなく、歩み寄り、理解しあう姿勢を、ぜひ見せてほしいと思っている。

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