眠りにつくまでの過ごし方

夜、眠りにつくまで、私は決まって妄想をする。
もしも、時を止める力があったら、
もしも、相手の考えが読めたら、
もしも、未来が視えたら。

脳内に四次元ポケットからもしもボックスを召喚し、瞼を閉じたその先で、私が主人公の物語をお願いする。その物語の展開は二転三転し、元々の目的である眠りにつくことも忘れ、空が白み始めるまで空想することもある。

そんなよくありがちな空想で、最近よく考えているのは、
『もしも、中学時代に戻れたら』だ。

私の人生を振り返って、おそらく一番毎日がしんどかったのは中学時代だと思う。ほんの数年前までは、その頃を思い出すことも嫌で、帰省しても母校付近に近づくことすら不快だった。
だからといって、中学時代の3年間全てがしんどかったわけではない。片手で数える位には楽しかった思い出もある。おおよその割合で表すと、苦い思い出9.5割、楽しかった思い出0.5割くらい。
その苦くて目が覚めるブラックコーヒーみたいな思い出を記憶したまま、中学校の入学式にタイムスリップしたら。私は、この思い出の苦味を少しは変えられるのだろうか。

ぼんやりと空想し始めた。

まず勉強に関して、曲がりなりにも高校や大学の勉強をこなしてきた私だ。今までの人生の経験値で何とかなる気がする。
そして対人関係。これが一番重要だ。アドラーが「すべての悩みは対人関係」と提唱しているのだから、そうに違いない。
けど、当時の私とは明らかに違う。まず、ついさっきまで小学生だった人間がアドラーの言葉を知ってる時点で既に知識という武装ができている。

そして、周りの大人への対応。
自分が大人というものの括りに入ってやっとわかったが、成人年齢になったからといって自然と大人になるわけではない。精神年齢なんてそう簡単に年を取らなくて、世の大人達は理性とプライドで大人を演じている。

そんな現実を知ってしまったからこそ、そこまで先生の言いなりになんてならなくていいし、怖がらなくてもいい。ただただ素直にわからないことや、悩みを相談すればいいだけだ。当時の私には、その感覚がわからなかった。

言いなりにならないといけない、先生の言うことは絶対でそれができないのは恥ずべきことだ。大人というものが発言することは私にとって全てで、何も言い返せなかった。多分、中学時代の苦しさはその価値観も相まって蓄積されたのだと、いま、振り返って思う。

ここまで私が危惧している要素を全て考えてみたとき、タイムスリップした12歳の私は、努力次第ではあるが、勉強も対人関係も、大人への振る舞いも多少は上手くこなせるだろう。

友人も本当に大事にしたい人だけと仲良くし、わからないことを恥じないで率先して先生に質問するし、当時無理やり押し付けられた生徒会役員も先生に嫌だと反論できるだろう。部活だって先輩にびくびくすることは無いし、初めからもっと気楽に通える部活を選ぶだろう。

こうして充実した人生を歩む私を空想し続けて、ふと考えた。

『じゃあ、しんどかった思い出が帳消しになったこの世界では、今後出会えたはずの人達とはもう一生会えないのか。』

そう考えたとき、純粋に寂しくなった。
もし、高校の進学先が変われば出会うはずだった友人とは会えない。あんなに仲良くしてくれた友人を街で見かけても相手は私のことを知らない。

その寂しさの後に、ふと冷静になった。
けど、それはタイムスリップしてなくても一緒じゃないかと。

人生にはここぞって時に選択を迫られる。
進学先をどうするかというわかりやすい選択もあれば、今日のお昼は何を食べるかという、今後の人生に関係してくるか不明な選択だってある。

タイムスリップして空想した中学時代の苦味を、熟考した選択によってミルクが加わったカフェオレのようにまろやかにすることはできたとしても、中学生活を終えてしまえば元々の人生とそう変わらない。何事も新鮮で目まぐるしくてきついことだって待ち受けている日々。

そこまで空想を進めて、目を開けた。
枕元に置いているスマホで時刻を確認する。
もう4時前だ。
確か、日付が変わる前に布団に入ったからと、ぼんやりした頭で逆算する。

まだ始まったばかりの今日だが、中学校の入学式じゃなくてよかった。
空想を膨らませて出た答えはそれだ。

ただ思い出が少し美化されるだけなのであれば、わざわざ戻る必要が無い気がする。それに、今この瞬間もタイムスリップ先だと思えばいい。何があったか予測できないというハンデはあるが、赴くままに選択すればいいだけの話だ。だって、どうせ何か一つでも元の世界と違うことをすれば、結末だって変わって結局予測できない日々になってしまうのだから。

10年か20年後の私が、今の私を見てもっと選択のやりようがあっただろうと、落胆していることは目に見えているが許してくれ。これが私なのだから仕方ない。

空想はここまでにして、いい加減寝よう。
そう考えながら、日が昇り始めるまでの僅かな時間を堪能するべく、改めて布団に潜り込んだ。

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