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あの星のむこうには。

※この物語はフィクションです。

見えない未来が怖くて、
終わらない今日が退屈で、
そんな毎日が、このまま続くと思っていた。

僕はまだあの“星”の名前を知らない

僕は今日もあのカフェにいく。
理由はただ一つ。

「就活」の準備である。

22歳になったばかりの僕にはもう時間がない。就活仲間も、少しずつ就活を終えて、バイトやら旅行やらの話をしている。

このご時世だが、どうやら若者には自粛規制も効かなくなっているらしい。

カフェでは「はじめまして」の顔ぶれも増え、来年の就活をどうするのかの話をしている。

はやい、はやい。やばい、やばい。

そんな思いの中、今日も僕は企業分析をする。

「タカシ!まだ企業探してんのかよ〜。就活で大事なのは自己分析だってあれほど言ったろ〜」

「わかってるけど、おれ、やりたいことないし」

そう。かれこれ22年生きてきたが、僕には人生を捧げるだけの“やりたいこと”がない。

就活をしていると、軸を見つけろだ、好きなことを仕事にしろだ、色々言ってくる輩はいるが、就活とは、どう人生に折り合いをつけるのかだと僕は思っている。

親友のトオルも、デザイナーになるのが俺の天職なんだとか言って、片っ端からデザイナー職を受け始め、内定を1社もらっていた。

しかし、彼は就活を早く終わってもデザイナーの勉強だとか言って、今日もカフェでパソコンをいじっている。いわゆる意識が高い系だ。

僕からしたら、就職したら嫌でも週5で働くのだから、今くらいゆっくりしたらいいと思うのだが...

一緒に頑張れる仲間がいるだけまだマシか。


今日も就活のために、ビジネス書らしき本を見ると、

「市場価値が大切」
「好きなこと、得意なことを見つけよう」
「自己分析が基本」
「今、スキルを身につけるならこれ」

似たようなことばかり書いてある。

似たようなことばかりだから、よほど大切なのだろうが、僕はこれを意識して、面接を突破できた試しがない。

喋りながら、だれかの言葉を身に纏っている。

辛い、苦しい。

そんな思いが募り続け、僕は内定をもらえないまま、


大学4年の12月を迎えた。

「タカシ!一緒に今日もカフェいこーぜ!」
「わりい。今日はパスで」
「なんでだよ〜」
「もうそういう気分になれねんだわ、一回地元帰る」

僕は内定をもらえないまま、地方の地元に一度帰省することにした。

「ただいま」

家に帰ると、親父と母さんがいて、
なにも聞かないまま、
あったかいご飯だけが待っていた。

「今日は疲れたなあ」

そう言いながら、ビールを開ける父親にきいた。

「親父、仕事、楽しい?」

「仕事?仕事かあ、、仕事は楽しいもんじゃないなあ」

「なんでそんな仕事続けられんだよ」
「働きがいがないと、生きていけねえだろ」

「タカシ、おまえは多分、何か勘違いしてるぞ」

「なにが?」

「仕事は必ずと言っていいほど、誰かの役に立っている。お父さんがやってる仕事は外から見たらどろんこでネジ回してるだけかもしれないが、そのネジのおかげで世の中が回っていることもある。この世に働きがいがない仕事なんて、たぶん、ないんだよ」

「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ」
「やりたいことがわかんねえんだよ」

「じゃあ、行くか」

「どこに?」

「父さんのお気に入りのところ」

そう言うと、
親父と外を数分歩いた。

そして着いたのは、少し広めの銭湯だった。

「こんなところに銭湯なんてあったんだ」

「入ろう」

そう言うと、親父は一言も喋らないまま、銭湯に入っていった。

見よう見まねで、まずは軽く体を流し、湯船に浸かり、それからサウナに入った。

あまりサウナは得意ではないのだが、今日ばかりは、親父の真似をした。

サウナを出て、水風呂に入る。

今まで喋らなかった親父も、水風呂では「ウゥー」とうなり声を出しながら、にこやかなのか、気張っているのかわからない顔で僕を見た。

僕も慣れない水風呂に入り、意外と水風呂が気持ちいいことに気がついた。

「よし、行くぞ」

そう言うと、親父は露天風呂の方に行った。

そこには5つほど寝転べる椅子があった。

「ここにねっころがるんだよ」

親父は寝っ転がり、
僕もその椅子に体重を委ねることにした。

「上を見ろ」

そう言うと、涼しい風と心地いい温度の中で、
僕と親父は、上を見た。

「まだなにも見えねえだろ?」

「うん。なにも」

「もう少し目を凝らせ。もうちょっとだけ空を見てみ」

「うん...」

それから5分くらい経っただろうか。

「星が見えてきた...」

「そうだろ。綺麗な星が何個も空にあるだろ」

「うん」

「最初は見えねえんだ。あかるいところから暗いところに放り込まれると、暗闇の中で前がなんも見えねえ」

「うん」

「でもな、目を離さずに、じっと暗闇を見続けるんだ。もしかしたらその中に星があるかもしれねえってな。そしたらどうだ。星がいくつも見えてきやがった。

人生も同じだ。

最初はどんなことをしたらいいのか、なにがしたいのか、得意なのか、そんなこと急に聞かれてもわからねえ人もいる。でも、とりあえずやってみる。暗闇の中にとりあえず入ってみる。

そしたら目を凝らすんだ。もしかしたら、この中に星があるかもって探すんだ。

人生はな、タカシ、星探しの連続なんだよ」

「うん...」

僕は星を見ながら、目から涙が溢れていた。

「親父、仕事は楽しい?」

「バカヤロー。楽しいわけないだろ〜」

そう言いながら微笑む親父の顔は、

最高に、

楽しそうだった。



完.


#2000字のドラマ

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