自分の不器用ぐらい愛せなくて、誰を愛せるんだ。
小さい頃から言われ続けた。
「お前は不器用だ」
誰と比べて言われた言葉か知らないが、
その言葉通り、僕は不器用だ。
歩いていたらどこに引っかかる場所があるのか、と驚くような所でつまずくし、
家のコンセントで転ぶなんて日常茶飯事。
バイトの時は大体、換気扇の角に頭をぶつけるし
小学校から始めた野球も、顧問に言われたことが全然出来ず、いつも不器用レッテルを貼られていた。
たぶん僕は、社会的に見て“不器用”という部類に入るのだろう。
だけど、この性格、特徴を嫌だと思ったことは一度もない。
親や先生には「不器用だな〜」と言われても、その分努力するから文句ないだろ精神で、前を向いていた。
それでもおちょくってくる人はいるが、そんなことは僕からしたら大したことはない。
僕にとって不器用はあくまで特徴であって、決して欠点ではないからだ。
僕は不器用であるおかげで、多くのことを得た。
人より努力をする大切さを知ったこと、才能は伸ばせることを実感したこと、人ができない気持ちを心から共感できること、、など、言い出したらキリが無いが、僕は不器用を自分の長所であると認識している。
どうして僕が急に自分の特徴を言い出したのか?
と、疑問に思ったかもしれないが、
このnoteを書こうと思ったのは、不器用であることを人より劣っているという意味合いで使っている人の多さと、短所で自己肯定感を奪われている人があまりにも多いと感じているからだ。
誰かが貼っているあなたの短所のレッテルは、あなた自身がどう思うか(認識しているか)で、見方が180°変わる。
例えば、手先が不器用なら、手先を使わない方法を探せばいいし、人より理解力が遅いなら、人よりも丁寧に物事を読み取ることができるということだ。
あなたは誰かが作ったレールに乗る必要はない。
自分の基準を新たに作り、自分の特徴を自分のものさしで測っていこう。
だがここで、どうやったら自分の負い目に感じている特徴が、プラスな特徴であるかのように思うことができるのか?といった疑問が生じることだろう。
そんなあなたのために僕は自分の“不器用”という特徴がプラスに思えるようになったスリーステップを紹介しよう。
3分クッキングよりも簡単な手法なので、テレビの前でエプロンをしようとしているあなたはすぐさまテレビを止め、このnoteを見ることをオススメする。
1つ目は、自分の特徴に“気づく”ことだ。
自分の特徴に気づくことから長所であるかと短所であるかを認識することができる。
2つ目は、しっかり特徴を“洞察”すること。
人は見たくない特徴を見つけた時、目を避けたくなるだろうが、そんな時こそ目を避けてはいけない。
あなたの目は、頭に一つついていると思うが、その目を心の中に意識を持っていき、自分の特徴としっかり向き合ってほしい。
すると、避けたかった抽象的なものが、ただの特徴であることに気づくだろう。人は知らないものを避ける傾向があるので、そんな時こそじっくりと自分の特徴と向き合う時間を持つことをオススメする。
紙に書き出してもいいかもしれない。
3つ目は、その特徴を自分の個性に入れる“勇気”を持つこと。
最後は精神論かい!とツッコミそうになったあなた。そうだ。精神論だ。
というか、このnote全て精神論だ。
だって、短所も長所も自分が勝手に作った“精神”の一つなのだから。
だからこそ、あなたにはその個性を深く受け入れる勇気を持つことが大切なのだ。
その勇気を持つ時に一番障害になるのは、他者の目。
しかしそんなもの、あなたには関係がない。
youtuberのkemioは、「嫌なことはスワイプして消したらいい」と言っているが、その通りだ。
SNSであなたがいつもやっているように、嫌な他者の目はスワイプしてしまえばいい。
そして、自分の特徴を受け入れることができたあなたは、もう一度テレビを開いて、3分クッキングを見ればいいと思う。
自分の特徴を愛して、他者も愛する。
そんな素晴らしい世の中に生まれた僕は
なんて幸せものなんだ。
#このnoteはスワイプ禁止
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