【溺れる君】夕凪兄弟
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「今書いているのはBLなのでございますが、絶倫になってきました」
夜彦は月に1本、お題に合わせて書いているらしく、その作品の話を聞くのも日課になっているんだ。
今回のお題は『運命』で、飼われていた主人公が突然捨てられて、さ迷い歩いた末に天使に出会い、雨やどりをさせてもらうことまでは聞いていた。
その後が言葉にするのもはずかしいくらいすごいと僕は思うんだけど、夜彦はすらすらと語るからはずかしくなってくる。
「チューペットという果汁を固めたアイスがあるのですが、それを主人公の乳首にグリグリと押し付けるのでございます。半分に割るのでもう片方は口で無理やり吸わせるのでございます」
たれる液がまたインランでございまして、と言ってむふふと笑うから楽しいのが伝わってきた。
「ご想像できないのであれば、実際にやってみましょうね……これも勉強でございます」
大人の余裕をかもし出すように口角を上げるから、僕は息を飲んだんだ。
「あっという間に着いてしまいましたね」
夜彦がふっと息をつくから僕も同じようにした。
天に付きそうなほど伸びるうずまきの形の屋根が特徴の細長い夕凪家は建築家と大工の両親が建てたらしく、文潟で一番ユニークな家なんだ。
まぁ、この街の家を建てたすごい人だからね。
朝日家と似ていて人間の父と吸血鬼の母から生まれたダンピールなんだけど、性格的に人間に近い人たちだから、僕は血を吸われることがないのが安心できるんだ。
「さぁ、参りましょう」
夜彦は僕の手を1回強く握ってから離し、ピンポンを押した。
「いらっしゃい、どうぞ」
そう言う声が響いてドアが自動的に開いたから、僕らはゆっくりと入っていった。
入った先には本棚、右も左も本棚、後ろも見ても本棚、上を見ても本棚なこの家は、朝日家とはまた違うすごい内装にまだ慣れない僕。
「色を交換したんだ……良い刺激になったんじゃないか?」
黒髪で茶色の着物をおめしになっている男性が兄の志朗さんが優しく話しかけてきてくれた。
「夕馬が選んでくれたのでございます。発想が豊かなひるの色でございますから、良い文章が書ける気がいたします」
「左様か。まぁ、今日もよろしくとお願いするよ」
「こちらこそでございます、師匠」
年は夜彦の方が上なんだけど、カンロクが違うもんね。
「まおは上にいるから雲に上がっていくと良い……良い学びを」
志朗さんは指先を筆のようにして雲と書くと、もくもくと雲が出来上がった。
「ありがとうございます」
僕がお辞儀をしてからゆっくりと乗ると、ふわふわと上へと向かっていったんだ。
だんだん音楽が聞こえてきたし、ビュンビュンと本が往き来しているのが見えて、もうすぐ着くとわかった僕は深呼吸をする。
「おはよう、夕馬くん。調子はどうだい?」
ふわふわと浮いている大きい雲にくっつくと、長い髪が黄金色に輝き、ようちゃんくらい整った顔の男性が口角を上げていた。
「ぼちぼちかな」
そう答えた方がいいと真昼から教わったまま、僕ははにかんで言う。
「そっか、じゃあ絶好調だね」
もっとこっちにおいでと手招きするのが万生くん……僕の先生なんだ。
「あの、これ……お返しします」
昨日借りていた純文学の小説を返すと、万生くんは歓声を上げた。
「1週間掛けていいのに……相変わらず吸収が早いね」
僕はゆっくりだと思っているんだけど、いつもそう言われる。
日本でいう小学校の6年間を半月で学んでしまったって言われても、僕は学校に行ったことがないからわからない。
最初は読み書きさえままならなかったんだけどね。
でも、ようちゃんをはじめとする朝日家のみんなが僕に色々教えてくれるから、すいすい覚えたんだ。
「溢れ出る好奇心はボク以上だ、負けられないよ」
万生くんは誇らしげに言って、同じ髪色の僕の頭を撫でてくれた。
「でも、詰めすぎは良くないから、ちょっと今日は息抜きをしようか」
「勉強しないの?」
「そうじゃないよ、道徳をするんだ」
心を学ぶんだと言うから、僕は首を傾げる。
「この街……文潟を作った夫婦の話をしてあげるよ」
僕はずっと不思議に思っていたんだ。
日本でいう御前家がここにいるのかって。
誰が支配してるのか見たこともないし、それが気にならないくらい住民が自由でのんびりしているから。
「お願いします……教えてください」
僕がお辞儀をすると、万生くんは優しく微笑んでから話し始めたんだ。
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