シン・桃太郎【短編小説#30】
「はい。・・・・・・・・・流しました。・・・・・・・ええ。間違いなく。・・・・・・そうです、鬼ヶ島に桃を流しました・・・・・。」
むかし、むかし、鬼ヶ島にはお爺さんとお婆さんが山に住んでおりました。
鬼ヶ島には、鬼が住んでいるという噂がありましたが、鬼などは住んでおりませんでした。ただ、鬼を信仰の対象とする人間が住んでおりました。
ある日、お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこ、と上流から大きな桃が流れてきました。
お婆さんは驚いて、その桃を拾い上げ、家に持って帰りました。芝刈りから帰ってきたおじいさんも桃を見て、びっくりです。これは当分食料には困らないと大喜び。まずは一口いただこうと桃を切ると、中からなんと元気な男の子が生まれました。
へその緒は繋がっておりませんでした。お婆さんが中から男の子を取り出そうとすると、男の子は鬼の形相に急変し、お婆さんに向かってこう言ったのです。
「我は桃鬼神。命を受けてこの世へ来た。太平の世を作るため、武をもって、隣国を制圧する也。」
思わず、お婆さんもお爺さんも平伏しておりました。鬼の神様が太平の世を作るために、姿を変えて、この世に来たと思ったのです。しかし顔をあげてみると、先のことは幻だったかのように、男の子はただ喃語を喋っているだけでした。
それからと言うもの、お婆さん、お爺さんは、男の子は鬼神であると信じ、大事に大事に育て上げました。それはひとえに太平の世を作るお手伝いをしたいとの、純粋な想いからでした。
思想の違いが衝突を生み、鬼ヶ島と隣国の大和国との対立は何百年と続いておりました。大和国に勝ちたいという想いはあるものの、度重なる戦さに農民や百姓も疲弊していたので、太平の世を望んでいたのです。
混沌とした世の中を鎮める男の子の将来に期待し、お婆さんお爺さんは男の子をモモ様と呼びました。
モモ様は立派に育ちました。青年になる頃には、島で1番の怪力を手に入れておりました。しかし、モモ様には胸の内に秘めたる想いがありました。それは、争いを好んでいなかったということでした。
お婆さん、お爺さんから「モモ様は隣国を制圧し、太平の世を作る使命がある」と言われ続けて育ちましたが、正直なところ、争いをする気にはなりませんでした。むしろ、武力による平和は望んでいませんでした。
そんなモモ様の気持ちをお爺さんお婆さんも気づいていました。彼の正体は鬼神であると信じていたものの、いつになったらその真の姿を顕されるのか、段々と不安になってきていました。桃から取り出した時のことは夢だったのかと思ったことは数知れずです。
悶々としていたある時、なんとも重たい空気を醸し出す、黒服の男がお婆さんに近づいてきました。
「私は占い師です。そなたの心は理解しています。このきび団子を悩みの対象に食べさせなさい。そなたが待ち望んだ姿を見ることができるであろう」と。
心を見透かされている気がして気味が悪かった一方で、自分の想いを汲み取ってもいたので、きび団子をモモ様に食べてもらうことを決心しました。
その日の夜、夕飯と一緒にきび団子を出しました。
「これは今まで食べたことがないですね。何ですか。」
「それはある人からもらったお団子です。どうぞお食べください。」
ぱくっとひと口食べた瞬間です。モモ様は目を見開き、猛獣のような雄叫びを上げました。
あまりのことに、お婆さんも、お爺さんも恐れ慄き、腰を抜かしてしまいました。立つこともできません。すると、目つきや雰囲気まで変わったモモ様の低い声が響きました。
「我は桃鬼神なり。時は満ちた。大和国を制圧し、太平の世を築きに行く。」
腰を抜かしたお婆さんは這うようにして別室に向かい、この日のために用意しておいた金棒を取ると、それを手渡しました。
金棒を受け取ったモモ様、いや桃鬼神は、一人で隣国へと旅だったのでした。
それから3日と立たず、隣国の大和国は制圧されました。あまりにも残酷な殺戮が続き、生存者はほとんどいませんでした。そのことから真実を知る者はおらず、当時の状況は大和国でも噂として言い伝えられている限りです。
その噂は、鬼ヶ島から来たのは人ではなく、鬼だったこと。そして、その鬼は大人から子供まで目に映る全てを殺戮し、暴走をした挙げ句、まるで夢を見ていたかのように呆然として辺りを見つめ、最後は慟哭して、自ら命を絶ったということを伝えていました。
しかし、それも嘘か本当かは分かりません。
あれからかなりの年月が流れましたが、大和国の人が鬼への恨みを忘れた日はありません。今かいまかと鬼退治をするその時が来ることを静かに待ち望んでいるのでした。
「はい。・・・・・・全ては私達の計画通りに進んでいます。・・・・・・・ええ、もちろんです。・・・・・はい。・・・・・・・分かりました。では、今度は大和国に桃を流したいと思います。・・・・・仰せのままに。」
完
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