梶井基次郎『冬の蠅』読書感想
この作品は、冬の蠅と自分を重ね合わせながら、透明感のある文章で倦怠感を描いた話です。
梶井基次郎は『檸檬』という小説が有名ですが、今回は『冬の蠅(はえ)』という檸檬にも通じる小説について、ネタバレ含みつつ考えてみたいと思います。
この小説は、患っていた病気と、将来への不安からくる倦怠感や焦りを、部屋にいた冬の蠅に自分を投影し描いた作品です。
作者の梶井基次郎は、昭和時代には治らない病気とされていた、肺結核を患っていました。そのさなか、静岡の温泉宿に療養したことがあり、その時の部屋の様子に着想を得て書いた小説だとされています。
ある冬、主人公である青年はひなびた温泉宿に数日泊まりますが、弱々しい蠅が部屋にいるのに気づきます。その蠅は、夏によくいる生命力に満ち太った蠅とは違い、やせ細り乾いた体でゆっくりと動いていました。
その小説に「日の落ちたあとの水のような光を残して、さえざえとした星が澄んだ空にあらわれて来た。…煙草の火が夕闇のなかで色づいて来た。その火の色は…周囲のなかでいかにも孤独であった。」という描写があるように、病気による将来への不安から、青年はうつうつとした日々を送っていたました。そういった中でも、蠅が弱々しい動きながらも生き交尾している姿を眺め、蠅に感情をうつしていきます。
ある日、泊まっていた宿から、近くにある別の温泉旅館に数日移ることにします。移った三日間で女性を買ったり、温泉につかり安堵する数日を青年は過ごしますが、宿に帰ってくると蠅は飢え死んだのか、いなくなっており、青年はますます気分が陰鬱になってしまう、というところで物語は終わります。
弱り衰えたはえを、「色は不鮮明に黝くろずんで、…汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚(こより)のように痩やせ細っている。そんな彼らがわれわれの気もつかないような夜具(ふとん)の上などを、いじけ衰えた姿で匍はっているのである。」とする描写があるのですが、視覚的なイメージを的確に文章に映しこむ梶井基次郎らしさを感じました。
この小説を読み、どことなく写実絵画を見た後のような印象を受けました。
写実絵画とは、写真のように本物に近づけ細かく描いた絵画のことであり、文章からこういった精密な印象を得られるのも、著者の冷徹なまでの観察眼からだと感じます。
写実的な文章でありつつ、静かで透明感のある文に感じるのがまた、梶井基次郎の特徴だと思いました。
今回は『冬の蠅』について書きましたが、梶井基次郎は他にも興味深い小説をたくさん残しているので、また書けたら書きたいと思います。
ありがとうございました。
(本の画像はhttps://www.aozora.gr.jp/cards/000074/card416.htmlより。)