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息をするように本を読む89〜モンゴメリ「丘の家のジェーン」村岡花子訳〜
カナダが生んだ作家、ルーシー・モード・モンゴメリと言えば、10巻からなる、アン・シリーズがよく知られているだろう。
昨年、某国営放送でドラマが放映されて、たいそう人気を博したと聞いている。
私も、小学生のときに父に買ってもらって読んだ子ども向けの「赤毛のアン」に夢中になり、その後次々と続編を入手して、好きな場面はそれこそ誦じてしまうほど何度も読んだ。今も、日常生活でふっと何気に口から出た言葉が、あ、これはアン・シリーズの中の一節だな、と思うことがたまにある。
モンゴメリ女史は他にも幾つか作品を著しておられて、アン・シリーズほど有名ではないが、「エミリー・シリーズ」全3巻、というのもある。女史が言われるには、アンよりエミリーのほうがどちらかといえば彼女自身に近い、ということだ。
もちろん、これも私は何度も読み返し、ところどころセリフも覚えている。
モンゴメリの作品には他に、続き物ではなく一冊物もいくつかあって。
その中でこの「丘の家のジェーン」は特に私のお気に入りだった。
モンゴメリ女史と言えばカナダのプリンス・エドワード島なのだけれど、この小説の始まりの舞台は彼女の作品には珍しく、トロントという都会。(まあ、カナダではあるのだけれど)
『うららか街はその名前にふさわしくないと、ジェーンはいつも思っていた』
物語はこの一文で始まる。
うららか街は、トロントの高級住宅街の中でも、とくに大きなお屋敷の並ぶ通り。
格式があると言えば聞こえはいいが、時代から取り残されたような、古くて厳めしい邸宅が建ち並ぶ。
主人公のジェーンは12歳。この通りの一角を占める大きな屋敷に祖母と叔母と母と4人で住んでいる。
祖母はたいそう裕福であり、母は若く美しく優しい。ジェーン自身も有名私立学校に通わせてもらって傍目には何不自由ない暮らしなのだが。
祖母は夫を早くに亡くし、娘であるジェーンの母を溺愛している。が、彼女のジェーンに対する態度はずいぶんと冷淡だ。
圧政的で厳格で、それも躾というより、わざと厳しくしているようにも思える。
そのためか、ジェーンはいつもおどおどとして言いたいことの半分も言えない、必要以上におとなしい少女に成長してしまった。
この少し不自然なほどの祖母のジェーンへの仕打ちはどうやら、ジェーンの父に関わっているようだ。
ところが、そんなジェーンの生活に転機が訪れる。
春が近づいたある日、ジェーンが物心ついてから一度も会ったことのない、むしろ死んだと聞かされていた父から母宛てに手紙が届いた。
夏の休暇をジェーンと一緒に過ごしたいので、父の住むプリンス・エドワード島にジェーンを寄越してくれるように、ということだった。
ジェーンは母が父の話をするのを一度も聞いたことがないし、祖母は父のことをとても嫌っているようだ。大好きな母から離れてそんな父のところで、2か月もどうして過ごさなければならないのか。
ジェーンは絶対に嫌、だったのだが、そんな彼女の気持ちには関係なく親戚会議でジェーンの島行きは決まってしまう。
絶望感でいっぱいのジェーンを迎えたのは、プリンス・エドワード島の美しい自然と、抑圧されたうららか街の暮らしとは正反対の明るくて自由な生活、愉快な仲間たちと過ごす思いもよらなかった楽しく刺激的な毎日だった。
ここから、ジェーンの快進撃が始まる。
父がジェーンと暮らすために借りたランタン丘の上に建つ小さな家で、ジェーンは父の、いや自分たちふたりのために食事を作り、部屋や庭を整え、大人顔負けの手腕でてきぱきと家事をこなす。
「こういうことをどこで覚えたのかい?」
と尋ねる父に、ジェーンは
「最初から知っていたみたいよ」
と答える。
あれをしてはいけません、これもだめです、と誰も言わない。
誰かにずっと監視されることもない。失敗を恐れて、おどおどしなくてもいい。
どんなことも自分で決めて、どんどん自分でやってみる。わからないことは誰にでも聞いて、また試してみる。
島での父との生活の中で、ジェーンはみるみるうちに自信を取り戻し、元気にたくましく成長していく。
その様子は読んでいてとても楽しく、胸がすく。
やがて、ジェーンはあるひとつの疑問を感じる。
なぜ、父と母は別居しているのか。
ジェーンが知る限り、ふたりとも欠点はあれど、とても「いい人たち」だ。自分はふたりのことが大好きだし、ふたりも自分のことを愛し、大切にしてくれる。
そして、島のある人たちから聞いた話では、ふたりは大恋愛の末に結婚し、新婚時代にはこの島に住んでいたらしいのだ。
物語の後半は、その謎をジェーンが解いていく。そして、自分たち家族にとって最も幸せな結末を手にいれようと奮闘する。
この物語の魅力は、島にきてからのジェーンの成長ぶりももちろんだが、他の登場人物のキャラクターにもある。
ジェーンの島での仲間たちもそれぞれに面白いし、島でジェーンを助けてくれる大人たちもとても頼りになる。
そして注目すべきは、ジェーンと対立するふたり。祖母と、父の姉であるアイリーン叔母さん。
祖母はまだわかりやすい『敵』だが、アイリーン叔母さんがなかなかの曲者。
きれいで優しく、人当たりがよくて料理も裁縫も上手、なのだが。
詳しくは書かないが、ある人物が、彼女のことを「甘い毒薬」と評していた。巧色甘言、とでもいうのだろうか。
はっきりした悪口も意地悪も言わないのだが、その優しい言葉の裏に棘を隠していて。
その何気ない言葉で、人の心の奥の後ろ向きな感情を増幅させたり。嫉妬や劣等感や不安を利用して、人をどんどん追い詰めたり。
こういう人、いるいる。見た目がいい人なので、余計に始末が悪い。
「ジェーンちゃん、やきもちは決して焼くものではありませんよ。これほど人生を台無しにするものはないですからね」
って、このセリフを読んだとき、あなたが言うかー、と突っ込みたくなった。
モンゴメリ女史の作品にはあまり出てこないタイプの女性だが、その描写は秀逸だ。
もしかして、女史の近くに似たような人がおられたのかな、なあんて。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
さくさくと読めて、読後感もとてもいいし、面白くて元気が出る作品だ。アン・ブックスほどは広く知られていないようだが、ぜひ、もっとたくさんの人に読んでもらいたいなと思う。