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息をするように本を読む33 〜里見八犬伝、新八犬伝〜

 小学生の頃、父が買ってきてくれた「里見八犬伝」という本を読んだ。
 江戸時代の作家、滝沢馬琴の大スペクタクル伝奇長編「南総里見八犬伝」を子ども向けに書き直したものだった。
 
 本編の「南総里見八犬伝」は、登場人物が多くサイドストーリーも入り組んでいて、なかなか読むのは大変な作品らしい。
 聞くところによると、滝沢馬琴はこの物語の執筆中に目が不自由になり、息子の妻のお路に口述筆記を手伝ってもらってようやく完成させたそうだ。作家の執念、恐るべし。
 子ども向けに書かれたものはかなりざっくりしたものだったが、あらすじを理解するにはちょうどよかったように思う。 

 時は室町時代。 
 安房の国の城主、里見義実は隣国の安西氏の攻撃に遭い、今しも絶体絶命の危機にあった。
 最早これまでか、というとき、一人娘の伏姫の愛犬、八房が、義実のもとにやってきた。
 義実は戯れに「長年の恩を感じるならば、安西氏の首級を挙げてこい。首尾を果たしてきたなら、そうだな、おまえに伏姫を遣わそう」と言ってしまった。
 尋常ならぬ唸り声と共に城を出た八房は、見事、敵大将の首を挙げ、里見家は惨敗を免れたどころか、逆に安西氏を滅ぼして勝利をおさめた。

 可愛い娘を犬に嫁がせるわけにはいかないと、頑なに拒否していた義実だったが、約定を違えては里見の家のためにならないという伏姫の言葉に負けて、伏姫が八房と共に城を出ることを許すことになる。


 この伏姫は信心深く、首には常に縁の行者に授けられた数珠を下げていた。
 その数珠には水晶の珠が8個。それぞれに、人が守るべき8つの教えを示す8つの文字が浮かぶ。
 仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌

 その後、この8個の珠は散って全国に飛び、人品に優れた若者のもとに改めて出現する。 
 8人の若者は、伏姫ゆかりの八犬士、として、それぞれが持つ珠に導かれ、やがておとずれる里見家の危難を救うために働くことになる。

 と、まあ、ざっくり言ってしまうとこんなストーリーだか、なかなか、そんな簡単な話ではない。
 この珠の行方を探すのは、ヽ大(ちゅだい)法師という里見家の元忠臣。
 その行く先々で、さまざまな事件が起こり、八犬士にもそれぞれに立場、事情があり、悪役悪霊敵味方入り乱れ、ずっとワクワクドキドキハラハラが止まらない展開となる。
 

 実は、私が父に買ってもらった「里見八犬伝」を読んでいたころ、NHKでこの物語を主題にした人形劇「新・八犬伝」が放送されていた。
 辻村ジュサブローさんの人形が使われていて、当時とても人気があった。

 友達から教えてもらって途中から見始めた私は、すっかりはまった。
 月曜から金曜まで夕食前の時間で15分間の番組だったと思う。

 ジュサブローさんの人形はどれもとても生き生きとしていて、魅力的だった。
 玉梓という里見家に怨みを抱く女の怨霊がしょっちゅう(!?)出てきては、八犬士やその縁の者に対して悪事を企むのだけど、この玉梓の人形がすごかった。
 頭(かしら、というのかな)と両袖、3人がかりで操作していて、「我こそは、玉梓が怨霊〜」と見栄を切るとき、口が耳まで裂けて目が白目にひっくり返り、それはそれは怖かった。
 
 ストーリーは、いかにも江戸時代の作品らしく勧善懲悪物で、悪役と正義の味方の区別がはっきりしていた。
 でも、悪役キャラクターもなかなかに魅力的で、私は先程書いた玉梓の怨霊のほか網乾左母二郎という、いつもセコイ手を使う浪人者の悪役が好きだった。あと、船虫という色っぽい年増女風の悪女もいたっけ。

 そして忘れてならないのは、この人形劇のナレーションを坂本九さんがされていたことだ。
 まるで講談師のような軽妙な語りで、物語にぴったりだった。
 ときどき、丸に九の字印の黒子姿で登場し(中身は坂本さんではないだろうが)、メタ発言などファンサービスもあり、この人形劇の大きな魅力のひとつだった。
 私はこの坂本さんのナレーションで、「閑話休題」だの、「東山三十六峰静かに眠る丑三つ時、突如湧き起こる剣戟の響き」だの、「三十六計逃げるに如かず」だの、「抜けば珠散る氷の刃、名刀村雨」だの、およそ小学生らしからぬフレーズをたくさん覚え、友達と面白がって使っていた。

 やがて、NHK出版からこの人形劇のノベライズが出て、親に頼み込んで買ってもらった。
 上下巻(もしかしたら上中下巻かもしれない)で、なかなか分厚かったが、何度も何度も読んで、縁がボロボロになっていた。
 この物語を読むときはいつも頭の中で坂本さんの名調子が聞こえていた。

 時代劇の面白さを覚えたのは、あれが最初だったかもしれない。

 後に坂本九さんがあの御巣鷹の日航機事故で亡くなられたことを知り、とても残念だった。


 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。


 滝沢馬琴先生の原作と辻村ジュサブローさんの人形、それから坂本九さんのナレーションの奇跡のコラボに、深く感謝する。
 

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