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息をするように本を読む62 〜米澤穂信「さよなら妖精」〜

 かつてバルカン半島の北部にユーゴスラビアという国があった。
 6つの共和国から成る連邦国家だった。

 第一次大戦後の1919年に国名は違うが基となる国が作られ、その後、二次大戦のナチスによる占領を戦い抜き、1943年に偉大な指導者チトーの指揮の下、ユーゴスラビアとして独立、国名は体制によって変遷したが、最終的にはユーゴスラビア連邦共和国、となった。

 ユーゴスラビアは、「6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」を持つと言われた。
 クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの共和国。(あと、2つの自治区があった)
 クロアチア人、スロベニア人、セルビア人、マケドニア人、モンテネグロ人の5つの民族。(ボシュニャク人を入れて6つと言われることもある)
 クロアチア語、スロベニア語、セルビア語、マケドニア語の4つの言語。
 キリスト教(カトリック)、セルビア正教、イスラム教の3つの宗教。
 ラテン文字(ローマ字)とキリル文字の2つの文字。

 ユーゴは南、スラビアはスラブ人の、という意味だ。
 5つの民族は元々は同じ血統を持つ南スラブ人だったが、歴史的背景などによって文化宗教言語が分かれてしまった。
 
 文化の違いに加えて、経済的に豊かな国とそうでない国の差が出てくると新たな揉め事の火種となる。
 それでも絶対的カリスマ性を持つ初代大統領チトーがいるうちは何とかなっていたのだが、1980年にチトーが死去し、連邦の絆は急速に緩み始めた。
 10年ほどで、その断絶は決定的になる。

 
 この物語は、ユーゴスラビア紛争の端緒が切られる2ヶ月前、1991年の5月に来日した17才のユーゴスラビアの少女マーヤと日本のごく平均的な高校生、守屋路行との出会いから始まる。
 
 マーヤは、黒い瞳と少しカールした黒髪を持つ聡明で愛らしい少女だった。
 政府関係の仕事をしているらしい父親の伝手を使って、ある目的のためにあちこちの国を訪ね歩いている。
 日本にやってきたのは、現在、父親が大阪にいるからで、合流して帰国するまで2か月の間、日本に滞在する予定だという。
 ひょんな事情から、守屋と彼の友人たちは、マーヤの日本滞在に付き合うことになり、彼らの住む、典型的な日本の一地方都市を案内する。

 マーヤは、身の回りのあらゆることに興味を抱き、疑問に思うことがあれば守屋に質問を投げる。
「そこに、なにか哲学的理由はありますか?」
 マーヤの質問の決まり文句だ。

 日本人ならば一般的な共通の認識として、全く疑問に思わずにスルーしてしまうような些末な事柄、それにちょっとした行き違いが絡むと、外国人のマーヤにはとても不可解に感じられるらしい。その謎解きが、物語前半のほのぼのした日常系ミステリーの中心になっている。
 
 守屋は、部活も勉強も何でもほどほどにこなす、ごく普通の高校生だが、未だ人生に対して何の目標もなく、熱中できる何かもない。そういう自分を醒めた目で見ている。
 そんな守屋には、目に映るもの全てをキラキラした眼差しで見つめ、その「哲学的意味」を探すマーヤが、だんだん眩しく見えてくる。
 平和で安穏だけど、退屈で平凡なぬるま湯のような日常に突如現れた、別の世界への扉を開く妖精、それがマーヤだった。
 
 マーヤが諸外国を巡りながら探しているもの、それは今にも空中分解しそうな祖国、ユーゴスラビアを結びつけるもの。
 幾つもの異文化、宗教、言語を抱えている。歴史的背景も含め、問題は数えきれない。でも、ひとつの民族の出自ではなく、違う民族の父母から生まれた子どもたちもたくさんいる。未来のユーゴスラビア人、と呼ばれるはずの。
 そんな祖国を今一度、繋ぐ絆はないか。

 日本だって、完全単一民族国家ではない。  
 紆余曲折(それについては諸々意見はあると思うが)はあるものの、ひとつの国として長い年月、まとまってきた。地方によって、微妙に文化、言葉、風習は違えど、それを認め合い、更にそれを超える共通認識も存在する。
 ユーゴスラビアにもそれを見つけることはできないだろうかと、マーヤは願う。
 
 マーヤの思いも虚しく、いや、薄々予期していたかもしれないが、彼女の日本滞在が後もう少しという7月、ユーゴスラビアでふたつの共和国の独立紛争が起きる。連邦の瓦解の始まりだ。
 
 これからどうなるのか全く先行きの見えないユーゴスラビアに、マーヤは予定通りに帰国すると言う。
「私は、私のいたところへ帰ります」
 何が起こるか、何が出来るかわからない。それでも明確な確固たる意志を持って祖国に戻るマーヤ。
 ささやかな送別会で守屋がマーヤにかけた言葉、そして、それに対する彼女の答えは、のちに大きな意味を持つ。
 
 世間を斜めに眺め、大人ぶって何でもわかってるように振る舞っているものの、まだ自分たちの足元すら見切れていない守屋たち男子と比べ、マーヤや太刀洗万智(守屋の同級生のひとり)たち女子の現実を見つめるしっかりとした目線、その強さ優しさに感嘆する。

 それから1年が経って、ますます危機つのるユーゴスラビアの状況に心を痛める守屋たちは、マーヤの帰国先が6つある共和国のどこなのかを、少ない情報をかき集めて調べようとする。せめて、少しでも危険の少ない地域であってくれと願いをこめて。
 ここからが、物語後半となる。

 他の友人たちの協力を得て、1年前にマーヤと交わした会話の端々から守屋はマーヤの帰国先を推理して突き止める。そして、それと同時に彼はマーヤの真意を知ることになるのだった。

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 
 米澤さんの作品には正式タイトルとは別に英語のサブタイトルがついている。
 この物語のサブタイトルは
「THE SEVENTH HOPE」という。
 7つ目の希望。
 6つのどの共和国にもそれぞれに希望がある。そして、ユーゴスラビア連邦の、マーヤ自身の7つ目の希望。

 マーヤが探していたその希望は、ついに見つかることはなかった。
 それが悲しい。
 


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