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息をするように本を読む36 〜太田愛「犯罪者」「幻夏」〜


 本好きの友人から、先日、ある作家の作品を勧められた。
 その作家は、太田愛さんといい、テレビドラマ「 TRICK2」や「相棒」の脚本を書かれたシナリオライターでもある。


 この太田さんの「天上の葦」がとても面白かったとLINEが送られてきたのだ。
 そして、この小説は太田さんの3作目であり、これから読んでもいいけど、この前の2作とはいちおう連作になっているから、読むなら是非そこから、と添えられていた。


 早速、書店で太田さんの本を探す。
 友人の言う通り、まず一作目の「犯罪者」から。

 えっ、上下巻もあるじゃないか。
 うーん…。仕方ない。
 読もうじゃないか。

 あ、2作目の「幻夏」もある。
 ええい、ついでにこれも買っちゃえ。

 「犯罪者」はいきなり、駅前広場で起きた無差別連続通り魔殺人事件から始まる。

 その事件の被害者の1人で唯一、生き残った修司。
 彼に事情聴取した警視庁捜一の刑事で、ひょんなことから修司を匿うことになる相馬。
 そして相馬の学生時代の友人で、もっとひょんなことから彼ら2人を匿うことになる、フリーライターの遣水。


 基本的にはこの3人が主人公で、次の2作品でも登場するのだが、他にもいくつか視点があって、その辺りがいかにもドラマを書かれる作家さんらしい。


 修司が再び命を狙われたことにより、当初、薬物中毒者による通り魔殺人と思われていた事件が全く違う様相を呈してくる。
 
 ある企業が自社の浮沈に関わる大スキャンダルを隠蔽しようとしていること、その企業と癒着している超大物政治家が陰で動いていること、などが次々と解明されていき、ああ、そういうこと、と思ったら、それはもう作者の術中にハマっている。
 ことはそう単純ではなく二転三転、四転五転し、最後の最後まで気が抜けない。

 またそこに、産廃処理業界の暗部、対企業訴訟の難しさ過酷さ、企業や警察その他大組織に潜む闇、等等、現代日本が抱える問題が盛りだくさん。
 こんなに全部盛りにしたらもったいないのではないか。このネタであと2つは小説が書けるのでは、と思うほどだ。

 こういう小説で大事なポイントのひとつとなるキャラクターたちも、皆それぞれに秀逸だ。
 
 今どきのちょいヤンチャな若者で軽薄そうに見えるが、実際は義理堅く硬派で、その優しさゆえに少年の頃、ある事件に巻き込まれ、警察を信じない修司。頭もいいし要領もいい。ある意味、この3人の中で1番大人かもしれない。

 警察官としての能力は一流だが、その苛烈な正義感と生真面目さから、組織にいい意味でも悪い意味でも溶け込めず、常に疎外されている相馬。頭が固くて融通が効かない。

 1番胡散臭くて信用出来なさそうな遣水。元テレビ局で働いていたが、今は自称ライター。目的のためなら、昔の仲間、敵や味方、ありとあらゆるツテと手段を使うことに一切のためらいがない。

 この3人の掛け合いもいかにもドラマ的で、面白い。

 上下巻を一気に読み終わり、まだ心地よい疲れに浸ったまま、すぐに次の「幻夏」に手を伸ばした。


 先の「犯罪者」は大企業の保身隠蔽体制が招いた悲劇が題材だったが、「幻夏」は冤罪がテーマになっている。

 あってはならないことだが、いくつかの冤罪事件が厳然として存在することを、私たちは報道を通してよく目にする。
 
 日本が、世界でも群を抜いて治安のいい法治国家なのは、警察検察司法が優秀だから、ということは充分承知しているつもりだ。
 それなのになぜ、この冤罪という悲劇が繰り返されるのか。


 作中である人物が、主人公の1人に語る。
「…刑事裁判の原則か。
『10人の真犯人を逃すとも1人の無辜を罰するなかれ』
しかし、君は本当に世間がそのような社会を望んでいると思うかね? 1人の無辜を救うために、10人の真犯人を逃すような社会。そんな危険極まりない社会を人々が心底望んでいるとは、私には思えない」
「……世間は、力を持つ者の力の行使を容認する。スポーツであろうと、企業であろうと、司法であろうと。勝つこと、利益を上げること、そして、犯罪者を罰すること。大きな結果を上げるためには目を瞑らざるを得ないこともあるということだ」

 彼の言葉を完全に否定することができない自分がいる。

 先の「犯罪者」でも触れられていたけれど、何か大きなことを為すためにはどうしても組織がいる。そして、組織が出来上がり、安定し、巨大化すれば、組織本来の目的を忘れて、それを守り維持することを優先しようとする力が働き始める。
 
 人が作った組織である以上、あってはならないことだが、そこには誤謬が発生する恐れは排除できない。
 必要不可欠なのは、起こってしまった誤謬を即座に発見し正すシステムなのだが、ときにはそれよりも組織を守ること、あるいは、組織を守るという名目である特定の人物を守ることに汲々としてしまうこともある。
 でも、それはいったいどうすれば防げるのだろう。

 
 太田さんは現代のそこここにある歪みを、エンタメ小説の中で次々に提示してみせる。

 私にはその歪みや齟齬を解決できる力はない。最良と思われる答えも見つけられない。

 でも、その歪みや不条理がそこに存在しているということを常に忘れないでおこうと思う。


 次は友人一推しの「天上の葦」だ。
 これも、上下巻。

 今度は、作者は私に何を突きつけてくるのだろう。
 
 この本は一気読みでなく、もう少しゆっくり読もうと思っている。

 
 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。


 本好きな友人がいて、本の話題で繋がれることはほんとうに幸せなことだ。
 そしてそれは、このnoteで出会った方々にも同じことが言える。
 
 皆様に深く深く感謝する。
 

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#エッセイ #ミステリー
#ありがとうございます
 
 

 

 
 

 
 

 


 


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