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息をするように本を読む93〜連城三紀彦「飾り火」〜
私はあまりテレビは見ないほうだと思う。
ドラマやドキュメンタリー物でちょっと面白そう、と思ったものをひとつかふたつ、録画して見るくらいだ。バラエティーやニュースはほぼ見ない。そして、ネットニュースも見ないことが多い。
なので、情報源はほぼ1日中つけっぱなしになっているラジオと、それから新聞。
ニュースや文化欄、読者コーナーなどももちろんだが、特に連載小説は必ず読む。
新聞の連載小説のことは以前にも書いたことがある。
記事にも書いたが、連城三紀彦さんのこの「飾り火」は数十年前に実家で購読していた、とある全国紙に掲載されていた連載小説だ。連城三紀彦さんが直木賞を受賞されて数年が過ぎていた。
私は海外のミステリー小説にはまっていた時期で、連城さんの作品は読んだことはなかったが、新聞の新刊紹介とかでお名前はよく見かけていた。
その頃、新聞でちょうど新連載が始まり、それが連城さんの作品だと知って読んでみようかなと思った。
たちまち夢中になり、毎日楽しみに待つようになった。最初はどうなんだろう、ちょっと面倒かなと思っていた、少しずつ小出しに読むというのも、ハマってしまうと逆にワクワクする。
ひと言で言うと、ちょっと怖い話。
ただ、決してホラーとか怪談とかではない。いわゆる謎解きのミステリーとは違うが、まあ、サスペンスと言ってもいいと思う。
主人公、と言えるのは3人。
ひとりは、藤家芳行。
46歳のサラリーマン。そこそこの会社でそこそこの地位におり、美しい妻、社会人になったばかりの長男、高校生の長女の4人家族で、郊外の戸建に住んでいる。
取り立てて心浮き立つこともないが、穏やかな何不自由ない暮らし。
もうひとりは芳行の妻、美冴。
更にもうひとり、謎の女。
京都へ出張した芳行は、仕事が1日早く終わってしまい、ふと魔が差した。帰京しようと乗り込んだ新幹線を米原で途中下車し、金沢で寄り道をしようと考える。
北陸線に乗り換えた芳行は、そこで新婚旅行途中で新郎に去られたという、謎めいた美女と出会った。
もうこの辺りから、不穏な雰囲気。
旅先ということもあったのか、金沢に降り立った芳行は、女に誘われるまま一夜をともにする。
そのときの女の行動がいかにも怪しくて、いやいや、それ、絶対まずいやろ、やめとき、やめとき、とハラハラする。
こちらの心配に気づくわけもなく(当たり前か)芳行はどんどん危ない方向へ。
うわ、これは大変なことになる。
と思った瞬間、物語は次章へ。
そこでいきなり、視点が芳行から彼の妻の美冴に変わる。
美冴は、43才の専業主婦で和服の似合う細面の美人。染色や活け花などの和風の手仕事が趣味で、現在は組み紐の教室に通っている。
仕事で忙しい芳行を内助の功で支えながら2人の子どもを育て家事もそつなくこなし、良き妻良き母である。
が、おっとりとしたお嬢さん育ちで、何となく世間知らずな感は否めない。
そんな美冴でも、京都出張から戻ってからの夫の様子が、何となくおかしいことには気がついた。
というか、誰かが恣意的に美冴に悟らせようとしている。彼女はそこに相手の底知れぬ悪意を感じた。
そして、その悪意は夫だけではなく、長男
長女、彼女自身をも標的としているようだ。
その誰かは、すぐ近くにいる。敵の目的と真意はどこにあるのか。
美冴は家庭、家族、そして女としての意地を守るために、敵と戦うことを決意するのだが。
最初は、何だか頼りなくてイライラされられる美冴だったが、後半からの変貌ぶりには驚かされ、やはり、女って、母って強いんだなと思わせられる。
敵もすごいけど、美冴も怖い。どんどん変貌していく。こんな力、どこに隠していたのだろう。
そして、最終的に明らかになる全く別の真実。確かに、びっくりはしたけれど。
納得はしたが、何となく、モヤモヤとした感じが残った。
でも、自分が芳行や美冴の年齢を過ぎた今、改めて読むと、何だかわかる気がする。
芳行の思いも美冴の思いも、もう一人の気持ちも。
以前に読んだときには、ただ腹が立つだけだった相手にもまた、別の感情が湧いた。
私も、歳をとったということか。(今さらか)
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
この作品は新聞連載終了後に単行本になり、その後、文庫本が出ているのを見つけて購入した。
本に書いてある内容は、年月が経っても当然だが変わらない。
でも、読む人によっては違うものになる。
10人の読者がいたら、1冊の本に10通りの読み方がある。
そして、同じ読者でも、読む時期が変わると違う本を読んだほどに、感じ方が違う。
本って、本当に面白いものだと思う。