息をするように本を読む102〜宮部みゆき「ブレイブ・ストーリー」全3巻〜
宮部みゆきさんといえば、ちょっと不思議で怖い時代小説とか、人の心の暗部をえぐる社会サスペンスとか、小さな毒をスパイスにした日常ミステリーとか、そういうイメージが大きいと思う。
実は、宮部さんにはもうひとつ別の顔があって。大変なゲーム好きだそうだ。
昔、ストレス発散になるよと、作家仲間の先輩に勧められ、その後どハマりしたとか。
執筆活動に支障をきたすから、担当編集者さんにオンラインゲームは禁止されているとかいないとか。
好きが高じて、ゲームの脚本も書いているらしい。好きって、大事だ。
この物語「ブレイブストーリー」は、何というのか、宮部さんのそういう一面が全開のお話。
物語の主人公は、ワタルという少年。
両親とマンション暮らし。兄弟はいない。
勉強はそこそこ、スポーツも人並み、ゲームが大好きなごく普通の小学5年生。
ある日、ワタルのそんな平穏な生活は崩壊する。理由は、父親の不倫。
父親は家を出て行き、現実を認めようとしない母親はだんだん精神的に追い詰められ、ガス自殺をはかる。
大人の身勝手に振り回され、どうしたらいいかわからないまま途方にくれるワタルの前に、ミツルという転校生が現れる。
年齢より遥かに老生して見えるミツルもまた、大人のエゴと身勝手な都合で人生をめちゃくちゃにされていた。
ミツルはワタルに問う。
「理不尽な、この運命を変えたくないか」
この現世(うつしよ)の運命を司る女神が住まう運命の塔が、こことは違う場所、幻界(ビジョン)と呼ばれる場所のどこかに存在していて、いくつもの試練を乗り越えてそこに辿り着いた者は、運命を変えることができるという。
その幻界へ通じる扉は10年に 1度しか開かないが、今まさに開いていて、幻界への旅人を待っている。
今のこの、どうしようもない運命を変えて、元の平穏な生活を取り戻す。取り戻してみせる。ボクにはもう、他に道はない。
ワタルは、先に出発したミツルを追うようにして扉をくぐり、幻界に旅立つ。
こうしてワタルがやってきた幻界と呼ばれる場所は、どう見てもゲームの、それも、勇者とか魔導士とかが普通に存在する、いわゆるRPGの世界。
ワタルが最初に出会ったのは、この世界の案内人?とでも言おうか、導師はあまり威厳とかオーラがない、ただのちょっと変なおじいさん。
そのおじいさ、もとい、老導師にあれこれと指導と指南を受け、勇者の剣を手にしたワタルは運命の塔を目指して幻界の世界を冒険する「旅人」となるのだが。
正直、ゲームに全然馴染みのない私はこのあたりで当惑した。
え、これが宮部さんの作品なん?
ずっとこんな感じでいくんかな?
さっきまでの現世の、こう、何というか、リアルでダークで深刻な導入部分はどこへ行ったんよ。
それでも気を取り直して読み進めると、この幻界と呼ばれる世界が、決してただ絵空事のハチャメチャな世界ではないことがだんだんわかってくる。
この世界では、現世のような人種の区別はない。その代わり、もっとわかりやすく、形状による差がある。
いわゆる現世の人間によく似た姿のアンカ族、人語を話す猛禽という体にしか見えないカルラ族、猫や犬?の姿体の獣人族、トカゲみたいな顔かたちの水人族、等等。(こうして書いていると何だか漫画みたいだけど、実際に物語を読んでいると、何となく納得してしまうのだ)
そして、その間には現世と同じように格差があり、激烈な差別があったりする。
地域ごとの貧富の差、拠り所にする宗教の違いから諍いが起こり、お互いを攻撃することで自分たちの不遇不満を紛らわせようとすることもある。
そして、その争いを利用して自分たちの権力や利益を守ろうとするセコイ奴らも、自らの欲望のために他者を傷つけることに何らためらいのない人たちもいて。
他方、ワタルを旅人と知って味方になってくれ、一緒に旅をするうちにお互いに心から信頼できるようになる仲間も存在する。
「幻界とは、現世の人々の思いや想像力が作り出した幻の世界」
旅の最初に、ワタルはそう教えられる。
「そして、旅人の心を映すもの。だから、それぞれの旅人にはそれぞれの幻界が存在する」
この、平和そうに見えて、実は人種間や国家間の差別や理不尽があちこちに横行している世界。
でも一方で、人種や立場を超え、助け合うことが出来る人たちがいる、それも事実。
現世と何ら変わることがない。
それはこの幻界が、生まれてから11年間、人の世で生きてきたワタルが子どもながらも見てきたもの、それを映した世界であるからに他ならない。
ワタルがやってきたこのとき、実は幻界は千年に一度の危機を迎えていた。
この危機を乗り越えつつ、ワタルは運命の女神に会うことが出来るのか。
そして、ワタルの現世での理不尽な運命は変わるのだろうか。
結末は、もちろんここには書かないが、この長い道のりをワタルたちと共に旅してきた読者なら誰もが、まあ、そうだよな、と納得するだろう。
ただ、それで全てがめでたしめでたしとならないところも、宮部さんらしい。
ところで、後から思ったのが、これは児童文学?なのか。いちおう、子ども向けの体を取ってはいるようだけど。
子どもには少し、難解でシビア過ぎるような気もする。
でも。
そんなことはこちらが決めることではないのかもしれない。
きっと、子どもたちはその年齢に合った受け取り方をし、歳が上がるたび、読み返してはまた新しい発見をしていくものなのだろう。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
実は私がこの本を読んだのはずいぶん前のことだ。
面白いのは面白かったのだけど、そのときは、やはりこのゲームみたいな(いや、ゲームそのもの?かな)世界に馴染みがないためか、数回読んだきりでそのままになっていた。
最近、私がnoteに読書感想文を書いていることを知っている次女が聞いてきた。
ブレイブストーリーのことは書かへんの?
あれは、なかなかに深いやん。
どうも次女は結構読み込んだらしく、いろいろ心に刺さるところがあったようだ。
ということで、私も再読することにした。
確かに、しばらく間を空けてもう一度読むと、いろんなことがよくわかる。見えてなかったものが見えてきた。
さっき、子どもの話として書いたが、そこいらへんは、大人も子どもも変わらない、読書の醍醐味、なのかもしれない。
もし私が幻界に行ったとしたら、私の心を映したそこは、いったいどんな世界なのだろう、とふと思う。
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