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息をするように本を読む83〜D・カーネギー「人を動かす」〜


 この本が出版されたのは1937年。日本語翻訳も同じ頃に出版された。
 そんなに昔の本なのに今なお、書店の棚の一角には常に鎮座し、特に4月、新年度になると大きな書店では平積みされているのを見かけることもある。

 私がこの本と出会ったのは、あるミュージシャンがきっかけだった。

 私はあまり音楽に詳しくない。(音痴だし)
 それでも好きな歌というのはある。
 私が好きでよく聞いていたのは、浜田省吾さんと矢沢永吉さん。(私の記事を日頃読んでいただいている方々には、キャラが違い過ぎて少々意外かもしれない)

 浜田省吾さんの歌を聞くようになったのは、友人に誘われてライブに行ってからのこと。
 ライブと言われるものに行ったのは後にも先にもあれ一回きりだ。

 矢沢永吉さんについては、勤務先の同僚に矢沢さんのファンがいてCDを貸してもらってから、よく聞くようになった。
 そのときに一緒に貸してもらったのが矢沢永吉の「成りあがり」と、このD・カーネギーの「人を動かす」だった。
 全く脈絡がない感じだが、実はこの2冊には繋がりがある。

 「成りあがり」は広島で生まれ育った矢沢永吉さんが、高校卒業後に上京して一世を風靡したあのキャロルを結成、そしてその伝説的解散コンサートの後はソロとして活躍、やがて紆余曲折を経て長者番付に載る「ビッグ」な存在になるまでの話を糸井重里さんがインタビューしたものを「聞き書き」という形式で綴ったものである。

 この本が出た1970年代の終わり頃、まだ30歳前の矢沢永吉。
 まあ、なかなかに突っ張っていて、若い。
 言葉もときどき、バッシバッシとかガバーッとかバキューンとかランララーンとか、なんだかよくわからない擬音だらけのところもある。若さ、だけでは言い訳できないなぁと思われる、いい加減でめちゃくちゃヤバいところもたくさん。
 でも、そんな中にところどころ、隠しきれない真面目さとか可愛らしさとか、それからもちろん筋の通った格好よさとか、これが今の矢沢さんを形作ったのだな、と思わせるものが顔を出す。

 そして、このカーネギーの「人を動かす」は矢沢さんの愛読書ということだった。
 なんでも矢沢さんが高校1年生のとき、友達のお姉さんの知り合いの社長さん(どういうお知り合いかは謎)と話す機会があって、なぜかやたら気に入られたとか。そのときにこの本を勧められ、プレゼントされたそうだ。「キミに合ってると思うから」と。

 「人を動かす」に書いてある内容は、特に新しいこと、というわけではない。
 でも、この本が書かれたのが90年近く前だということを考えると、単純にすごいなと思う。
 私はビジネス本はそれまで読んだことがなかったけど、この本はその当時の私には、まさに目から鱗、が幾つもあった。
 
 今もよく覚えていて心に刻まれているのは「人を言い負かしても勝てない」ということ。
 
 子牛を引きずって水場へ連れていっても水を無理に飲ませることができないのと同じように、たとえ相手の主張や意見を非の打ち所のない立派な理論でひと言も言い返せないほど完膚なきまでにやっつけたとしても、相手の気持ちを変えることはできない。
 相手の気持ちを変えさせたいなら、相手を言い負かすのは愚策だ。
 もちろん論破など何の意味もない。(ただ単に言い負かしたいだけならそれもいいが)

 カーネギーは言う。
 何だかんだ言っても、人は自分が1番。
 自分の話を聞いて欲しい。自分の意見を認めて欲しい。自分の言い分を聞いて欲しい。
 人の話の中で、1番多い単語は「I(私)」だ。
 その大事な「私」を否定する、挙句に声高に糾弾する者の意見に耳を貸す者は少ない。  
 たとえそれが、どんなに正しいことだったとしても。いや、もしかしたら正しければ正しいほど、かもしれない。
 それはあらゆる人間に言えることで、年齢性別職業に関わらない。
 国政を動かすような政治家でもランドセルを背負った小学生でも近所の駄菓子屋のおばちゃんでも大企業の経営者でも、同じこと。
 
 その他には、相手の間違いをいきなり指摘しないこと、できれば自分で間違いに気づいたようにもっていく、もしどうしても指摘しなければならないときは人前は避けること。
 相手、あるいは相手が興味を持っていること、話したいと思っていることに『誠実な』関心を寄せること、否定する、なんてもってのほか、等等。
 
 社会人になってまだ数年、失敗ばかりしていた(今も変わってないけど)その頃の私には、日々感じていたいろいろなこと、直面していたさまざまなことがいちいち腑に落ちた。
 
 「人を動かす」とは、自分の都合のいいように自儘に人を操作する、という意味ではない。ある共通の目的のためにお互いに1番いい方法を探して、その思いを共有できるようにすること、だ。

 そのためにできることが、章ごとに分けて書かれている。
 何せ古い本なので、時代にそぐわないところも、そんなに都合よくいくのかと疑問に思えるところも多々見られるが、全体として納得できることが多かった。
 
 高校生だった矢沢永吉さんはそれまで本なんてほとんど読んだことはなかったそうだが、この本は何度も何度も読んだと「成りあがり」にある。周囲にも勧めまくって、何冊かプレゼントしたこともあるとか。

 さっきも書いたが古い本なのでところどころ今の時代には合わないところもあり、こんなのきれい事じゃないかとか陳腐なありきたりのことばかりだとか、言われる向きもあるかもしれない。でも、現在よく書店で見かけるキラキラしたキャッチーなタイトルが付いたビジネス本も、煎じ詰めれば似たようなことが書いてあるように思う。もしかしたら基本は全て、この本にあるような気までする。
 何より最近流行りの(と私には思われる)人を煙に巻くような言い回しや、最初にちょっと過激な刺激の強い言い方で相手の度肝を抜いて気を引くようなやり方が使われていなくて、終始、世間話でもするような穏やかなわかりやすい文章なのが私は好きだ。

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 若き日の矢沢永吉さんはこの本から何を受け取り何を学んだのだろう。
 そんな話をいつかしてくれないだろうかと願う反面、いや、絶対にしないだろうな、などと考える。

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