息をするように本を読む117〜柚月裕子「孤狼の血」〜
またこんな本(いやいや。こんな、て。失礼極りないですね、すみません)を読んでしまいました。
元々傾向はあったのが、最近、とみにそれが顕著になって、めっちゃ昭和な、少々(いや、かなり?)ハードな作品ばかり目につき、思わず手にとってしまいます。
……なんででしょうかねえ。(知らんがな)
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舞台は広島。時代は昭和63年。
この設定が絶妙。
『暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律』(暴対法)が制定されたのが平成3年、施行されたのはその翌年。
この作品は、映画「仁義なき戦い」のモデルになった広島抗争が終結して15年ほど過ぎた広島・呉(作中では呉原)で激戦の熾火いまだくすぶる中、暴対法が施行される数年前の、暴力団と警察、いや、現場をあずかる警察官の血みどろの闘いを描いたフィクションだ。
物語は、主人公の新人警察官、日岡秀一が広島県呉原東署にやってくるところから始まる。
日岡は、国立大学卒には珍しく、一般警察官の採用試験を受けて警察に入り、1年の交番勤務、2年の機動隊勤務を経て、刑事になった。
刑事になって最初の勤務先が、よりによって呉原東署の捜査2課。
何がよりによって、かと言うと。
捜査2課は、よくあるテレビドラマとかでは詐欺や横領、企業の不正行為などの知能犯担当なのだけれど、呉原東署では2課は知能犯係と暴力団係に分かれている。(地方警察ではよくあることらしい)
暴力団係はさらに2つの班に分かれていて、日岡が配属されたのはそのうちのひとつ、大上巡査部長を班長とする班だった。
呉原では、長く続いた暴力団抗争が十数年前に終結し、(表面上は)平穏を保っていた。
ただ、どこかの国同士の戦争と同じく、上が決めた手打ちに末端の跳ねっ返りが従うかどうかはわからない。また、上っ面では収まっていることになっている上部組織も、内部でどうなっているかは、わからない。
内輪揉め、裏切り、下克上、が、当たり前の世界。
呉原では、古くから続く任侠系(?)の暴力団と、別の大きな暴力団のほんの下っ端組織から荒っぽいやり方で金と謀略を使ってめきめきと台頭してきた新興組織との間でピリピリした空気が流れ、常に一触即発の状態だ。
そんな中、その新興組織の息のかかった金融会社(お約束どおり、悪徳闇金)で社員の失踪事件が起きる。どうも、この事件の周辺には一筋縄ではいかない複雑な事情がありそうだ。
その事件を皮切りに状況はどんどんキナ臭くなり、このままではまた、暴力団同士の大規模な抗争になる。
ある登場人物の「顔で飯食うとる」の言葉どおり、メンツを重んじるヤクザの世界では、ほんのちょっとしたことが引き金になって、大きな争乱になるのだ。
それを阻止するために、日岡は班長の大上とバディを組んで捜査に当たるのだけど。
この、日岡の直属上司の大上が、いろいろ、とんでもない。
マル暴の刑事を長年やってれば、少々ガサツで乱暴で口も悪くなるし、完全品行方正な公務員、とはいかないかもしれないが、それにしてもひどすぎる。
捜査のやり方は、服務規定違反はもちろん、法律ギリギリ?、いや、おそらく、絶対はるかに超えてるよね、的な。
一部の暴力団員との、馴れ合いや癒着の疑いもかかる中(いや、疑い?だけかなぁ)、肝心の大上は、全く意に介さない。
真面目で直情型で正義感に満ちた若い日岡には、到底承服できないことばかりだ。
最後まで読んで、物語のプロローグとエピローグがぴたりとはまり、ずっと気に掛かっていた謎?も解ける。
とても、清々しい、とは言えないストーリー、結末なのだけど、この、不思議な爽快感?、いや違うな、充足感?、納得感?はなぜだろう。
世間一般の常識、倫理観から外れた、外道たちの意地と見栄と際限ない欲望、それを大義恩義仁義という美名で覆い隠した弾丸が飛び交う。息もつかせぬ緊迫した展開。
読み終えた今も、頭の中で広島弁の怒号が響く。無残で悲惨な場面に、顔をしかめてしまいつつも、最後まで一気読みだった。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
先に触れた往年の深作欣二監督映画「仁義なき戦い」(1973年公開)。
昭和の半ば頃、広島・呉で実際に起きた暴力団同士の勢力抗争をなぞった、いわゆるザ・ヤクザ映画で、シリーズ化もされている。
実は、著者の柚月裕子さんはこの映画に触発されて「孤狼の血」を書かれたそうだ。
文庫の解説にあったが、柚月さんはこのシリーズの1作目をレンタルビデオ屋で借りて見て(どういう経緯があって見ようと思ったのだろう)『脳天をかち割られるほどの衝撃を受けた』。
そしてその後、即座にネット通販でDVD全8巻を箱買いしたとか。
彼女の心をそこまで鷲掴みにしたのは、何なのだろう。
私もこの小説を読んで、少しわかる気がした。
(読み終えてしばらくの間、日常会話の言葉尻が広島弁っぽくなってしまったのは、内緒)
『正しいこと』が全てに優先する、今のこの世の中。でも、どんなことにも裏と表があり、何かの弾みですぐにひっくり返るのも、この世の定石。
『正しい』ことだけを指標に生きてたら、たちまち足元を掬われる、かもしれない。
そんな中、ただ馬鹿がつくほど熱く、自らが信じる道を貫く男たちが、ここにいる。
もし、そんな男たちに会ってみたいと思われるなら、この本をぜひ一度手にとって、ページをめくっていただきたいと思う。
この柚月さんのシリーズ、実は続編があるそうだ。
これはまた、読まねばなるまいなぁ…。
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暴力団、ヤクザの肩を持つ気は全くありません。
彼らの存在を「必要悪」などと表現する人もいますが、そんな言葉を私は認めたくはありません。
ただ、彼らを法規で縛って、ただ徹底的に排除する、そんなことをしても何の解決にもならないと、それだけは思います。