息をするように本を読む61 〜ディーリア・オーウェンズ「ザリガニの鳴くところ」
大学生のときからの友人がいる。
しばらく会っていないが、たまにLINEで近況報告を交換したり、お互いが読んだ本の話をする。
その友人から「ザリガニの鳴くところ」という本を勧められた。
アメリカで2019年度小説部門のベストセラー。
著者のディーリア・オーエンズはアメリカの動物学者で小説家。幾つか動物行動学にまつわるノンフィクションを発表しているが、小説は本作が初作だ。
新聞の書評で見かけて気にはなっていたのだけれど、単行本だしなあと思っていた。
友人にそう話すと、では貸してあげようか、とLINEが返ってきた。私はあまり本の貸し借りは(図書館以外は)しない。今回もどうしようかと思ったが、友人の話を聞いて興味が湧き、どうしても読みたくなったので貸してもらうことにした。
翌々日、ゆうパックで本が送られてきた。仕事の早い友人と日本の素晴らしい流通システムに感謝する。
思っていたより分厚く、とてもきれいな表紙の本だ。
物語の舞台はアメリカの南東部、ヴァージニアからノースカロライナにまたがる大西洋岸の広大な湿地帯。
入江の多い複雑な海岸線、オークやパルメットヤシが茂る鬱蒼とした林やいくつもの潟や沼が点在する。
アメリカの開拓期に干拓や樹木の伐採が行われ、切り出した丸太を運ぶための運河も作られた。その後もじわじわと開発が進み、かつては最大で5000㎢もあった湿地は、現在では半分以下の広さになっているという。
居住や農業にはそのままでは向かないため、役に立たない不毛な土地とされていたが、手つかずの豊かな自然に恵まれ、植物や鳥、魚や貝、エビ、カニなどの水生生物、蝶やトンボなどの虫たちの楽園であり、固有種も多くいることがわかって、現在は保護公園に指定されている。
1900年代、この湿地には、国中からさまざな事情で住むところを失った人間たち、借金で首が回らなくなった者や仕事を失って暮らしていけなくなった者、罪を犯して逃げてきた者、不法入国者、が移り住むようになった。
ここには誰も入ってこない。勝手に住み着いても文句を言われたり追い立てられたりもしない。
この頃の湿地に住む人々は、この湿地と同じように国からも時代からも無視され、いないものとして見捨てられていた。
この物語の主人公、カイアはまだ幼いとき、父親に連れられて家族とこの湿地にやってきた。2次大戦で負傷した父親の傷病者年金だけが家族の収入だった。
父親はアルコール中毒で母親に暴力を振るい、家庭は崩壊寸前。
やがて、家族たちは母親も含めて、次々に家を出ていき、カイアは父親と2人残された。そしてある日、その父親もわずか6つのカイアを置いて姿を消す。
カイアは、この湿地のボロ家でひとりで生きていかなければならなくなった。
カイアは家の周りの小さな畑(のようなもの)に生えている蕪や湿地で採れる貝や魚を食べたり、その採った貝や魚を持って父親の古いボートで村まで行き、そこの商店で買い上げてもらってわずかな金銭を得、それで他の必要な物を買って暮らした。
地域の人たちにとっては見捨てられた地に思われていた湿地が、誰からも顧みられない孤独なカイアには母であり家族だった。湿地を訪れる鳥や虫たちがカイアの友達だった。
季節ごとに表情を変える湿地は、カイアをその厳しくも豊かな恵みの中で守り育み、生物として生きていくための摂理を教えたのだ。
湿地やそこに住む生物たちの、さまざまな角度からの描写は丁寧でとても美しい。美しいだけでなく、それに対する敬意や畏怖までもが感じられるのは、動物学者でもある著者の、自然への愛情からだろうか。
この物語は、2つの時間軸で構成されている。
最初の時間軸はカイアがひとり残された1952年から始まり、少女だったカイアがいかにして自立した大人の女性に成長していったか、そしてその間に彼女が味わう喜びや裏切りや絶望が、主として彼女の視点で描かれる。
もうひとつの時間軸はそれから17年後、湿地で起きたある事件を調査する捜査員たちの視点で進む。
2つの軸は交互に語られ、やがて後半で結びついてひとつになり、カイアはその事件の当事者として渦中に巻き込まれる。物語はここからミステリーの様相を呈してくるのだが、ここでは事件の話をするのはやめておく。
カイアは幼いときからずっと「湿地の少女」と呼ばれて、村の住人から憐れみと軽蔑に満ちた特別な目で見られてきた。
カイアに手を差し伸べてくれたのは、同じように差別されている村の商店主の黒人夫婦と、テイトという、今はいないカイアの兄の友達の青年だけだった。
アメリカ社会で格差間の分断が問題視されて久しい。
何の格差か。人種、宗教、いろいろあるだろうが、身も蓋もないことを言ってしまえば、最も大きな要因は金だ。非白人の貧困がよく取り沙汰されているが、白人の中にも格差は歴然と存在する。
ホワイトトラッシュ、という言葉を聞いたことがあるだろうか。
トラッシュとは、ゴミ、という意味だ。
経済的に底辺層に位置する白人を呼ぶ蔑称で、古くは南北戦争より前の時代からある。
湿地に住むカイアのような者たちはその最たる者だ。
しかし、物心ついてからずっと湿地で暮らすカイアはそんなことは知らない。
彼女には、ザリガニが鳴く、この湿地こそが生きていく場所、全てを与えてくれる場所なのだ。
彼女が下したある決断、それは自分を守るため、そして生きていくために湿地の自然が教えてくれたこと、そのものだった。
誰に彼女を裁くことができるのか。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
世界で最も自由で豊かな国アメリカ。努力次第で、誰でも夢と富を手に入れられる国。
かつてはそう信じられてきたが、果たしてそれは本当か。
アメリカンドリームは、本当の意味で夢のまた夢になってしまったのか。
現在、アメリカの、いや、全ての先進国と呼ばれる国々での夢の希求は、経済的に恵まれた層にだけ開かれているもののように思えてならない。
この小説がアメリカで先一昨年に最も売れた本であること、そして今も売れ続けているのは、そのことと無関係ではないように思う。
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