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親子でプレバト!!季語【星月夜】

母が創作。息子が添削。
親子で俳句教室の今回のお題は…

俳句ポスト第302回。2024年9月の兼題【星月夜】。


私の句が、

カルストはどこまでも闇星月夜


私『四国カルストを思って作った句。電柱が一つもない。ひたすら真っ暗闇。あんな真っ暗な場所は、後にも先にも四国カルストだけ。一つの灯りもないなんて、ちょっと無いよね。』

息子「覚えてるよ、今でも。」

私『天の川まではっきり見えた。電気が発明される前の日本のような。それでも松明とかあったろうから…。他に宿泊客も居なくて、コテージの電気を消したらひたすらの闇だった』

息子「『闇』の後に『星月夜』が来たら、『そりゃあ、夜なんだし』と思うし、『星月夜』は、[澄んだ秋の夜空の満天の星が、月のように明るいこと]という季語。」

私『闇だから星が綺麗に見えたという意味で、敢えて言ったんだけどね』

息子「そこの敢えて言ったところがあまり機能していない。好意的に解釈するのであれば、“カルストはどこまでも闇”と最初は地上の真っ暗な闇を見せて、空を見た時に明るさのギャップと評価する人もいるんだろうとは思うけど…」

私『自分でも実は書いてる時に、闇で星月夜?そこの表記が引っかかったのよね。』

息子「それを言おうとする上での推敲って実はメチャメチャ簡単で…」

私『え?簡単なの?』

カルストは闇どこまでも星月夜

息子「カルストは闇と言い切る。どこまでもを星月夜に持っていく。」

私『あ〜〜、なるほど!』
『私の感動ポイントが、灯り一つない闇にフォーカスしてしまっていた。感情も俳句も。“カルストは闇”と言い切ることで闇が続いているのも分かるし、満天にパーっと広がる星月夜が見える』

息子「カルストの闇も勿論だけど、どこまでも続きそうな星月夜の広大さ、壮大さ、その自然の大きさ、コントラストがはっきり見えるんじゃないかな。だから、“夜”が“闇”に近いかもしれないけど、これはわざわざ言う意味のある句になる。」

私『季語が立ってくるね。どこまでもを付けなくても、どこまでも闇なことは分かるし。』

息子「さらに“どこまでも”という表現をもう少し何とかしようとすれば…」


カルストは闇星月夜星月夜


私『リフレインか!!』

息子「ここでこそ、リフレインを使うべきなんじゃないかな。」

私『素人は、“どこまでも”が言いたいから“どこまでも”と言ってしまう(^◇^;)。リフレインで星空がどこまでも美しく広がって見えることで、逆に闇がどこまでも続いていることもわかるしね。』

『名句じゃない⁉︎夏井先生、四国の人だから、四国カルストとわかるかもね(*^^*)』

息子「当たり前のことや近いことを言う時は、いかに表現で魅せるか。読み手の心が動くような」

私『すごい、すごい♡』

息子「こういう描き方は、俳句でしかできないから面白い。

私『確かに〜。短歌だと字数が多くて、いろんなことを言い足しちゃう』

息子「これが俳句の醍醐味なのかな。極限まで短いことしか言わないからこそ、その先の情景を探そうする。」


私『そうね。勿論、文体それぞれに良さがある。改めて俳句って奥が深いな…』


結果は【並選】入選✨

ありがとう〜〜


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