BS松竹東急の松本清張映画で岩下志麻を再発見!「疑惑」「影の車」「鬼畜」
先週、BS松竹東急で放送された松本清張原作、野村芳太郎監督による作品を連続して観ました。
最初に観たのが「疑惑」(1982)。
富山の新港の岸壁から富山の資産家夫婦が乗る車が海に転落し、逃げ遅れた夫は死ぬが妻は生還する。
世間は詐欺の前科もある妻による保険金殺人だと断定し彼女を糾弾するが、妻の女弁護士は依頼人に嫌われながらも彼女の無罪を勝ち取るために奔走し…
というお話。
この作品は悪女丸出しな妻役の桃井かおりのやりたい放題さが痛快ですらあり、インパクトも十分ですが、対照的にクールに仕事をこなす岩下志麻演じるバツイチ弁護士がまたいい味を出しています。
自分の弁護士を全く信用せず、彼女に暴言も吐き、勝手なことばかりする依頼人に振り回されながらも、そんなことには動じずにやるべきことをきっちりこなす志麻弁護士は実に出来る女です。
なんであんな悪女を弁護するんだ!という世間の逆風にも負けず、別れた夫に引き取られた息子とたまに会うことだけを楽しみに世間の注目を浴びる裁判の弁護を続ける女弁護士。やがて、その母性こそが事件の真相を引き寄せます。
この作品ではそんな80年代の仕事の出来る女を体現する志麻姐さんに魅了されました。
続いて観たのが「影の車」(1970)。
バスで同郷の幼なじみとばったり再会した倦怠期のサラリーマンが、その幼なじみが子持ちの未亡人と知ると彼女の家で逢瀬を繰り返し深い仲に。そしてある晩、女の家である事件が起こり…
というお話。
まだ若さの残る未亡人役の志麻さんは「極道の妻たち」の堂々たる姐さんぶりを見せる彼女からは想像もつかない可愛らしさで、真面目なサラリーマン役の加藤剛がコロッと落ちてしまうのも納得です。
自分の世代だと「極妻」がスタンダードな岩下志麻さんが、こんなに支えてあげたくなるシングルマザーが似合うなんて!とそのギャップにやられます。ホラー味のある子どもの言動がたびたび描写されますが、なかなかこれといった事件は起こらず、これは普通に不倫ドラマで終わるんじゃないかと思っていると最後にやっと事件が起こります。
清張、すでにミステリーであることを放棄しています。でも抜群に面白い隠れた傑作でした。
そして、子ども時代に観てトラウマになった「鬼畜」(1978)。
小さな印刷工場を営む社長の元に愛人が彼の隠し子3人を連れて金の無心にやってくる。しかし、彼女に払える金がないと知るや愛人はまだ幼い子どもたちを置いて立ち去ってしまう。
やがて愛人は引っ越して姿を消し、隠し子は社長の家で暮らすことに。しかし、自分には子どもが産めなかった本妻は、子どもたちに愛人への怒りをぶつける日々。やがて本妻は工場での事故に見せかけ、末っ子を手にかけ…
というお話。コワッ!
岩下志麻さんは滅茶苦茶怖い本妻の役です。
ご飯をめちゃくちゃに散らかす幼児の末っ子の口にごはんを捩じ込む志麻!頭が臭いと長女の頭に洗剤をぶっかける志麻!末っ子が死んだ夜に、夫にのし掛かり大声をあげながら交わる志麻!そのさまは令和では観られないなかなかの狂気ぶりです。
この3作品とも子どもが重要なカギとなっていて、いずれも岩下志麻さんの役にしっかりと絡みます。
「疑惑」では死んだ資産家の子どもが志麻姐さん演じる女弁護士に事件解決のヒントを与え、「影の車」では母が不倫にのめり込むあまり蔑ろにしてしまった息子がある事件を起こし、「鬼畜」では本妻が愛人への憎悪の対象として、子どもたちを酷い目にあわせます。
子どもたちの演技はだいたい棒読みだったりしますが、その棒読みですらリアリティーにしてしまう野村芳太郎マジックが体験出来る3本でした。
子どもたちが棒読み演技でもドラマがしらけないのは、それを受ける相手となる岩下志麻や緒形拳をはじめとするキャスト陣がみんな上手いからこそ。
「鬼畜」の終盤に登場し、黙秘する子どもを手懐ける婦警役の大竹しのぶも後の大女優の片鱗を感じさせています。
そんな俳優たちの演技合戦も清張映画の楽しみの一つです。
松本清張映画は事件を描きながらも謎解き以上にその背景に濃厚な人間ドラマが描かれていて、物語に深い陰影を与えています。
だからこそ、松本清張小説がたびたび映画やドラマの題材になってきたのでしょう。
最近の日本映画では観られない情念のドラマがここには詰まっていました。
初見の「影の車」と「疑惑」、何度も観ている「鬼畜」、どれもが令和にあっても充分に面白いのが嬉しくもありました。
製作から50年近く経過した昭和の作品は地上波ではまず観られないので、この機会を与えてくれたBS松竹東急さんに感謝です。