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手紙文学の妙 恋と罪

坂元裕二『往復書簡 初恋と不倫』を読む。手紙やメールのテキストメッセージのみで構成されたストーリーだ。もとは朗読劇として演じられたものが2017年に本の形で出版された。

初恋と不倫はそれぞれ違う男女の物語だ。どちらも誰かの罪が絡んできて苦い味わいだけど、やはり全然違う感触。それぞれについて少し書いてみる。

不帰の初恋、海老名SA

クラスで孤立している男子の下駄箱に女子が手紙を入れるところから全ては始まる。受け取った玉埜広志は最初は冷たくするが、めげずに手紙を書いてくる三崎明希に次第に心を許していく。ショッピングセンタームラハマの屋上で話をしてそこには二人の間にしかないものが流れていたのに、玉埜広志が終業式に出られない間に三崎明希が引っ越してしまい、二人は離れ離れになる。時を経て、バス運転手との結婚が決まった三崎明希が玉埜広志に手紙を出したところから再びメールでの文通が始まる。

中学校のときの初恋のきっかけも、おそらく10年以上あとの再会も、誰かの罪が絡んでいる。二人はそれらに対して真っ直ぐに向き合う。

坂元裕二作品には恋に落ちたがボタンの掛け違いで一緒にいられなかった男女が描かれることが多く、彼らは人の痛みに敏感で不器用だ。この作品も例外ではない。

手紙やメールのやりとりが連なっているわけだけど、この中には相手に届かなかった手紙もある。届かない手紙にはシンプルで切実な本音が詰まっていた。ラストは鳥肌が立った。あり得たかもしれない二人の幸せな日々を思うと胸がぎゅんとなる。

カラシニコフ不倫海峡

妻を亡くした待田健一に届いた迷惑メールのようなメールは、妻の不倫相手の妻である田中史子から届いたものだった。「捨てられた」という同じ感情を共有する二人は、別々に同じ映画を観に行って感想を言うなどの遠隔デートをするようになる。そこからの展開の勢いがすごい。それぞれの配偶者に宛てた手紙にはどこか寂しさが漂う。二人は人生を大転回させ、アイデアを形にしていく。劇的な展開に驚かされたのも束の間、彼らが自分たちの首を締めることになってしまう未来を見ることになる。

世間の隅っこで生きてきた二人が「背伸び」して偽物の新しい人生を手にしようとした。でもそれは気づけば度を越してしまって、極秘の幸せは打ち砕かれることになった。最悪どうなってもいいという気持ちだったのかもしれない。彼らの間にあるものは本当に恋なのだろうかと思いながら読んでいたけど、やはり惹かれ合っていたのは確かだろうと思った。不倫されたという大きな出来事だけでなく、これまでの人生で累積してきた寂しさを二人は共有していた。

自業自得という言葉では片付けられない、痛々しくも劇的で切ないストーリーだった。

二組の男女の文通を読んでみて

こういう文通形式の物語は、「全部書かなくていい」というのが一つの大きな特徴だと思う。ある人からある人に向けて紡がれる文章なのだから、二人が共通して持っている情報はわざわざ書かれない。場合によっては一定期間が空くのも不自然ではない。出来事や情景や感情を全て言葉にして書く必要がない。その中でどこまでを記すかということに肝がある。情報が限られる分、読者が類推して読み進めることにもなり、展開が早いためストーリーに勢いがあって面白い。

その中で作者がすごいと思うのは、別になくてもよさそうな日常のやりとりが多用され、それは全体のストーリーの緩急を邪魔することなく、むしろユーモアや愛しさに溢れていることだ。心が繋がった相手とのどうでもいい会話ほど尊いものはないのかもしれない。朗読もいつか聴いてみたい。

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