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純度100%って

ボブ・マーリーの映画を見た
ちゃんとした映画の感想やレポはちゃんとした方にお任せするので
赤毛は独断と偏見しか書かないけど

前評判も良かったから
自分の期待値も高かったんだと思う

内容には一切触れずいきなり結論だけど
見終わったあとに肩透かしを食らったというか
え!?これで終わりなのこれで感動のとか言っちゃうのと、え、待って待ってよ
これじゃあ終われないよイケないよと
エンドロールに向かって食い下がってしまいそうになる

何なんだろうこの不完全燃焼感
ボブ・マーリーの音楽にはひとつも文句はないし
旅をしてみれば分かる
旅人が集まったとき歌うのは間違いなくRedemption Song だ

なのに映画を見終わって
心が揺さぶられなかった

感性が鈍っちゃったのかなあ

暫く何故だと悶々とする日を抱えて

ふと
予告編でも息子さんが登場していたことを思い出し
家族のサポートという名の検閲の元監修の元映画が作られたということは
家族の見たいボブ・マーリー像が選ばれ語られたということで
逆に言えば家族の見たくないボブ・マーリーの姿は意図的に排除されたんだと思い至り

だから

勿論描かれてはいるけど
重度の大麻の中毒だったことも
妻以外の女性との間に沢山自分の子供がいたことや
ロンドンに亡命していたときの生活ぶりや
白人の父親が自分ら母子を捨てて帰国したことや
ラスタがジャマイカで迫害されていたことが

葛藤がなかったわけのない
一筋縄では行かなかったに違いない
ダークサイドなエピソードが
みっともなさを晒すことを極力避けて
深堀りせずさらあっとテーブルの上のホコリを払うように
物語になっていることに気づくと

もっとグデングデンで
デロンデロンで
ダメダメな下半身男だった面もあったはず
だけど
息子の立場からはそれは見たくないのも無理からぬ話で

けれどもそこを描かなかったら
葛藤も薄っぺらいし
何にどれだけ苦しんでいたのかが
伝わらなければ彼が命をかけて何を昇華しようとしたのかも
陰影を帯びてこない

ヤーマンとかジャーと唱えれば
それは神の意志だと
全てが解決してしまうみたいでイージーでチープなおまじないに見えてしまって
いやそこにいきなり乗っかられたら
こちらはハシゴがないんだけどなって

そんな話だけじゃなかったはずやと
もっとみっともなくてかっこ悪くて
売れなくて苦労して裏切られて信じられなくて痛くて悲しいことが沢山あったはずだと

彼の偉大さや功績を描こうとするあまり
排除してしまったそんなエピソードの果に
彼の歌を聴きたかったなと

いやそんなん知ってるねん
だってボブ・マーリーの音楽は今も生きているんだし
極東のパパンがパンって盆踊り表拍な私が
彼の歌を口ずさめることが全ての証左
世界中をOne Loveは覆い尽くしてる

キラキラエピソードなんか要らない

ボブ・マーリー自身も天国で
ちょっとかっこよく描きすぎちゃうんって
なんか小っ恥ずかしくなるねんって
そんな褒められことばっかでもなかったでって

ガンジャで一発キメて言ってるような気がした

曲はもちろん
ローリン・ヒルが歌うRedemption Song












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