【ショートコラム2】記憶に残る味
数年前、とある食品関連の展示会にふらっと参加した時のことです。
とあるメーカーさんが、干し椎茸の出汁の試飲をされていました。
ポットに入っている熱湯に干し椎茸を入れて15分待ち、そこにほんの少しだけお醤油を垂らしたもの。
まあ言ってしまうと、椎茸だしです。
まだかつお節屋に就職する前のことなので、カツオと昆布以外の出汁素材にはあまり興味がなかったのと、正直椎茸出汁って日向臭いというか、においも味もあまり良いものだとは思っていなかったので、特に興味も持っていませんでした。
しかもポットに入れて熱湯で出した椎茸出汁と聞くと、ささやかなその他の出汁素材への興味も萎えてしまうものです(失礼しました。)
「美味しいですよ。自信がありますから、試してください。」
ちらっと見て、素通りしようとした私に女性が声をかけてきました。
ずいっ、と差し出された小さな試飲用カップに入った椎茸出汁。
(とはいっても椎茸だもんなぁ…)
そう思って、まあ自信があると言っているし試してみてダメだったら素直にそう言ったらいいかと、軽い気持ちで香りを嗅いだところ、芳ばしい香りが立ちのぼり、日向臭いというか何とも言えない干し椎茸によくある臭いがなく、すっきりとした香りが立ち上っていて引き込まれます。
そのまま少しだけ出汁を口に含むと、芳ばしさと甘さに仰天しました。
「え!おいしい!」
思わず言葉に出ていたのを自分でも吃驚していましたが、出汁をくれた女性とは別のスタッフさんが出汁をとった後の椎茸も「これもうまいんですよ!」と食べさせてくれました。
これもほんの少しだけお醤油で味付けをした物。
今までの、私が知っている干し椎茸とは全くの別物。
生の椎茸だってこんなに美味しいものを食べたことがない、そう断言できるくらい豊かな味わいに、またまた今度は目を瞑って仰天。
衝動的に一袋買いました。
なんでこんなに美味しいの?なんでこんなに違うの?
この時は時間がなく、きちんと聞くこともできずにその場を立ち去らなくてはいけなかったので、すごく美味しかったと興奮しながら伝え、後日聞こうと思って一袋買ったのですが…
その後帰宅途中で、買った椎茸を無くしてしまったのです。
企業参加者のパンフレットもなく、ブースもわからず、一体あれがどこの誰だったかもわからずに、でもその味の記憶だけはずっと持ち続けていました。
そして執念で探し続け、あれから4年の時が経ち、ようやく見つけ出しました。
電話をかけ、当時の展示会の話をして、その時に試食させてもらった椎茸が欲しいというと、なんと常務さんに取り次いでいただき、椎茸の種類やお話を聞かせていただき、またこちらの用途を聞き出したうえで別の種類の椎茸も含めてご提案いただきました。
電話をかけた翌日、まあ昨日のことですが、探し続けた干し椎茸を手に入れることができました。
そして味見をして…これかな、と。
ようやく新しいパーツを見つけたと、自分の中の次の歯車が動き出す音がしました。
何年経っても記憶を裏切らない衝撃的なおいしさを生み出した干し椎茸、それは昔のやり方を現代に蘇らせたものでした。
椎茸の菌の種類や原木の種類でも味香りは違いますが、一番の違いは干し方。
乾燥のさせ方が味に直結するのだという話を聞き、シンプルなものであるからこそ、たった一つの事が全体を左右するのだと、衝撃を受けました。
数年求め続けた干し椎茸、ようやく巡り会えて手元にやってきました。
さあ、これをどう使って拡げていこうかな。
動き出した新しい歯車を回す頭は、わくわくが止まりません。
文章に残して、後の世代に繋いでいきたいと思っています。 サポートいただけると、とても励みになります。 よろしくお願いします。