不在のジュース(Welch'sのガラス瓶)
大学生のとき、岡山へ旅をしたことがある。そのとき、なんとなく立ち寄ったアンティークショップで、なんとなく目に入ったのでお買い上げした瓶。ぼくが初めて手にしたアンティークの品でもある。
見知らぬ場所でも、見知っている場所でも、ひとりぼっち。当時のぼくは、持ち帰ったそれを机の上に飾り、ときどき撫でた。「なんとなく」とはいえ、触れたり抱えたりしていると、なんの変哲もない瓶がいとおしく思えるのだった。
写真ではわかりにくいけど(実物を前にしても、よく見えないんだけど)瓶には「Welch's」と刻印されている。はて。「Welch's」とは。検索してみると、答えはあっさり見つかった。
(Googleの検索結果より)
「Welch's」。ウェルチ。アサヒ飲料の果汁100%ジュース。特に有名なのは、グレープジュース。なるほど。そういえばこの瓶は、どことなくぶどう色をしている。それにしても、色が残るなんて「この濃さが、ウェルチ」(と公式HPに書いてあった)と謳われるだけある。
コカ・コーラやバヤリースのように、瓶で販売されていた時期があったんだろう。先の二つに比べれば、ずいぶんずんぐりした輪郭だけど。現在のウェルチのペットボトルも同じような型だから、世襲したのかもしれない。
たぶん、洗えば綺麗にはなるんだろう。でも、そうする気にはなれない。手に入れた当時から。瓶にこびりついた汚れにも焼けにも、ぼくの知らない風景が眠っている。
グレープジュースを注がれ。誰かに飲まれ。もしかしたら、一度は捨てられたのかもしれない。でも、ウェルチの愛好家、もしくは瓶にいとおしさを覚えた人に拾われ。紆余曲折あって、岡山のアンティークショップに身を寄せた。そして、今はぼくの元にある。どこかで少しでもずれがあったら、瓶はここにいなかった。その軌跡を消したくなかった。
ときどき、長年空(であるはず)の瓶に、グレープジュースがなみなみ注がれるのを想像する。
ぼくは、手によくなじむ瓶を傾け、一息に飲み干す。瓶の中には、わずかに雫が垂れていて、そこで初めて「Welch's」がはっきりするのかもしれない。不在のジュースは、不在だからこそ、ぼくを楽しませてくれるのだった。