煌々と。あるいは、刻々と。(ハードボイルド/ハードラック / 吉本ばなな)

時々、自分がとてつもない暗闇の中にいる気がする。前に進んでいるつもりが後ろに下がっていたり、引き返すつもりがさらに深みにはまってしまったり。


怖い。
怖いんだ。
自分の力ではどうにもならないことは、怖い。





僕が、「ハードボイルド/ハードラック 」を手に取ったのは、ブックオフでたまたま見つけたからだけど、この本を読むことになるのは、しばらく先になることは、なんとなくわかっていた。その「しばらく先」は、思いの外、すぐに来た。僕が、旅行することになったから。


旅行は、楽しかった。パートナーも一緒だったし、行ったことのない土地を――行ってみたかった土地を訪れるのは、楽しいに決まっていると、実際に訪れる前からわかっていた。


楽しい。楽しい。


でも、その裏では、常に同じ気持ちが渦巻いていた。


どこまで行っても、同じ街。
どこまで行っても、同じ僕。
どこまで行っても、僕は変わることなんて出来ないんだ。


どこまで行っても同じなら、どこにも行けないのと同じだ。


怖い。
怖いんだ。
自分のことなのに、どうにもならないなんて。


だから僕は、「ハードボイルド/ハードラック」を手に取った。


旅先で読めと、いわれた気がしたから。





――怖いの? 本当に?


ふいに、声がした。


その正体は、すぐにわかった。


僕にまとわりついている、この暗闇だ。


――変なの。ずっとそばにいたボクが怖いの? ずっと、そばにいたのに。


暗闇は、くすくす笑った。その笑い方に、嫌な感じは受けなかった。


――怖くないよ。


僕は、応えた。


実際のところ、僕は怖くなかった。……「怖くなくなった」の方が、正しいか。何せ、いつからいるのかわからないほど、ここにいるんだから。まったく、慣れというのは恐ろしい。


――僕が怖いのは、


――光、でしょ? 君が怖がっているのは。


どうやら、暗闇は、僕のことは何でもお見通しらしい。


――だって君は、ずっとボクの中にいたんだからね。すっかり、なじんだところだったのに。今度は、よくわからない光の中に、投げ出されそうになっているんだもの。


光。


光って、何だっけ。


明るくて、眩しくて、それから……。


だめだ、思い出せない。思い出すのが、怖い。


――大丈夫だよ。


暗闇は、慰めるようにいった。


――だってボクは、光と友達だから。友達の友達は、友達なんでしょう? 君も、ボクと友達なんでしょう?


――そうだね。


僕は、笑っていた。


――そうだね。そうだった。どうして、忘れていたんだろう?


気付けば、暗闇も笑っていた。二人の笑い声だけが、そこにあった。


――じゃあ、もう大丈夫だね。


何が、と僕が訊く前に、暗闇はその体を白く光り輝かせた。その眩しさに、僕は思わず目を細めた。


――あ。


僕は、思わず声を漏らした。


暗闇は――光は、僕のすぐ目の前にいた。

11/20更新

ハードボイルド/ハードラック/吉本ばなな(1999年)

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相地
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