春と蕾(arne/haruka nakamura)
“arne”って、何かな。
7年前、僕が初めて“arne”を知ったとき、検索にかけてみても、芳しい情報は得られなかった。(aを大文字にすると、男性の名前になるらしいけど。)
なので、現在2020年。もう一度、検索にかけてみた。“arne”は、ノルウェー語で「囲炉裏」を意味するらしい。
僕には、どうもしっくりこなかった。“arne”は、春を連想させることばだと思っていたから。どちらかといえば、冬を連想させる「囲炉裏」は、“arne”のイメージから程遠いように思えた。
arne。
a、r、n、e……。
どれも、柔らかなカーブを帯びたアルファベットだ。柔らかな字には、柔らかな春がよく似合う。今年は、どんな春になるんだろう。
春といえば、haruka nakamuraの“アイル”だ。この時期にだけプレスされる、風物詩。(僕は昨年、上記のエッセイで“アイル”を取り上げた。)
“アイル”には、“arne”を最構築した“アルネ”が収録されている。そもそも“アイル”は、“arne”が収録されたアルバム“grace”の世界観の続きを10年ぶりに描いたものだ。だから、10年前の“arne”にも、10年後の“アイル”にも、春の匂いがするんだと思う。
“アイル”は、蕾が花開く瞬間を切り取ったような、美しさのある音楽だ。それに対して、“arne”は、蕾の中で何かがくすくすと笑っているような、愛らしさのある音楽だ。
……何か? 『何か』とは、一体何だろう? 僕はそれを知りたくて、まだ閉じている花弁を開こうとする。
「こらこら」
『何か』はいう。
「待ちきれないからって、こじ開けようとしちゃだめだよ。……大丈夫。もうすぐ、ちゃんと咲くから」
そんなこと、わかっているよ。こんなに、暖かくなったんだからね。……暖かくなったんだから、そろそろ顔を見せてくれないかな。君の顔を、見てみたいんだ。君の名前を、知りたいんだ。
『何か』は、ちょっとだけ拗ねたフリをする。
「あなたは、それをすでに知っているはず」
僕は、そのことについて、しばらく考えてみる。
ああ、そうだ。
僕は、すでに知っていた。
君の名前は、
*
“arne”って、何かな。
“arne”を知ってから、7年。ようやく、答えが出たよ。“arne”は、君の名前だったんだね。蕾の中にひそんでいる――もうすぐ顔を見せてくれる、君の。
ほら、
春が、咲いたよ。
arne(「grace」収録)/haruka nakamura(2008年)