霧野キズミ

何もかもフィクションです。 そのうちやめるので、フォロバはできません。 Instagram:@airbird_616

霧野キズミ

何もかもフィクションです。 そのうちやめるので、フォロバはできません。 Instagram:@airbird_616

最近の記事

消えた自転車

盗まれたのは、高校二年の頃。 学校の自転車置き場から、僕の水色の自転車は姿を消した。 通学は徒歩では遠く、都合のいいバスも走っていない。すなわち傷は深い。 鍵を抜き忘れたのだろうかと考えてみるに、実にその通りで、飛行機の形のキーホルダーが付いたそれは、通学鞄のポケットに入っていなかった。 「お前の自転車、捨てられてたぞ」 クラスメイトが教えてきたのは、それから二週間が経った頃。どこにあったのかと聞くと、彼の家の近くの空き地だという。キーホルダーを見たから間違いないらしい。 拾

    • エスカレーターの記憶と別の何か

      下りのエスカレーターに乗れないという、女の子と付き合ったことがある。上りは平気なのに。 はじめて聞いた時、冗談だと思って乗せようとしたら、トートバッグの肩紐が切れそうなほど抵抗されたので、これは本当だと思った。 「足を踏み外して落ちそうになる」 二十歳そこそこの女の子が、真顔でそう言うのだった。 だから僕は彼女と一緒に、何本もの階段を下った。特に健康にはなっていない。 ある駅に改札へ向かう長い階段(もちろん隣にはエスカレーター)があり、下り切ると右に券売機、左に折れるとパン

      • 週末の色

        人には言えないようなことをして、人には言わないでおこう。 たとえばカーテンの向こう側。 たとえば午前一時の電話。気が付いたら逃げていた週末は、ずっと前から用意されていたのかもしれない。サービスエリアで手にしたソフトクリームは潔白の色。ギンガムチェックのシャツの袖をまくりながら、大丈夫だよと大ざっぱな言い方を僕はしたけれど、本当に大丈夫と思っていた。昨日読んだ田山花袋の小説の結末がひどかった。僕はそれを話す。興味を持たれないのは知っている。ソフトクリームが溶けていくのも知ってい

        • 青い鳥

          青い鳥しか飛ばない島があるという 北極圏のオオカミの遠吠えが 届くところにある島で 森と青い鳥しかいなくて 憎しみも争いもないって そんな童話みたいな話 あるのかなって言ったら ちょうどウェイトレスが 僕たちの頼んだパスタを持ってきた 話はそこで途切れ 宙ぶらりんのまま もう何年も過ぎてしまった 僕は時々 あの島のことを思い浮かべようとする でもその度 パスタばっかり出てくる 僕たちが食べきれずに 残したあのパスタが

          白くなる

          牛乳瓶の底から見ているような世界。 淡い色彩の、輪郭のはっきりしない世界。 手を伸ばしても何にも届かないような、そんな世界を僕は思う。 試着室のカーテンを少し開いて、彼女が顔を覗かせた。ちょっと見てくれるかなと聞くので、いいよと僕は立ち上がった。 細かいレースのあしらわれた、真っ白いブラウス。僕は鏡越しに「いいと思うよ」と言う。そのスカートとも合うし。 彼女は小さく頷き、もうひとつも着てみると言って、カーテンをそっと閉めた。 牛乳瓶の底から見ているような世界。 上下左右を

          サイダーキャンディ

          机の上のノートパソコンをたたんで、少し奥に押し、手前のスペースにおでこを乗せてる。 いったい何分経過しただろう。こうしてるのが一番落ち着くって、どういうことだろう。 うるさい、うるさい、世界はうるさいのです。それでも繋がっていないと、この椅子から落下して、僕は無限空間に放りだされる。手足をばたばた。サイダーキャンディは口の中。 鳥の鳴き声が聞こえる。きっと廊下の柵の上に止まってる。 僕は何度かその姿を見た。ぽてっと丸くてエメラルドグリーンの体。キイキイとしばらく鳴いた後、鳥

          サイダーキャンディ

          プレゼント

          田中くんが引越しすると決まった時、 僕はおもちゃみたいな望遠鏡を買って 二学期の終わり頃に渡した。 それを買った理由は、 彼にはきっと望遠鏡が似合うと思ったからで、 それをそのまま伝えると、 田中くんはたいそう驚いた顔をして、 ブロック塀みたいに大きな体を揺らし、 なぜか学ランのボタンを全部外して、 もう一度全部留めながら 「ありがとう」 と言って掃除用具入れの前で、 緑色の包装紙をじっと見つめた。 初めて話しかけられて驚いたことでしょう。 田中くん、お元気ですか。 そこから

          プレゼント

          夏影

          時計の針だけを見つめていた。 何日経ったのか、このままだと壊れてしまうことにようやく気付き、地味なアルバイトを始めた。 そこで僕は彼女と出会った。 恋人同士の関係になっても、彼女は裸になるのを拒んだ。幼少期に負った火傷の跡があるという。僕がそれを目にしたのは、付き合って半年が過ぎた頃だった。 一切驚かないと約束していたのに、そうは出来なかった。背中と脇腹、そして太腿の皮膚は捻れたり縮んだりしており、まるで激しく流動するマグマのようで、誰も寄せ付けないほど悲劇的だった。 大人

          友だちの作り方

          友だちの作り方を忘れた。 休日は何をしてるのか、聞いたらいいんだろうか。 どんな顔して聞けば。どんな相槌の打ち方で。洗面所の鏡に向かってやってみる。 珈琲に砂糖は入れる? へえそうなんだ。 部屋の壁にポスター貼ってる? ふうん、その映画は観たことない。 小説に出てくる台詞を口にしたことある? ちょっとひねくれたようなやつ。 眠れない夜に森を想像したことある? そこで野ウサギに会ったことは? 寝台車に乗ったことある? あてのない旅に出たことは? 名前を知らない花を育ててるん

          友だちの作り方

          ミルクティー

          ミルクティーまであと5分 絶望ごっこを過ぎて10分 雨の音は気のせいです 邪魔な自転車は投げ捨てます 遊びに行ってもいいかなって聞かれても プレステないし性欲ないし することなんてありません オセロぐらいしかありません 君のトレンチコートのボタンになりたいと 白の石が3つ並んだところで僕は言う 意味が分からないといった顔をする君の 細胞の中を進んでいくと宇宙へ辿り着くとしたら 隣の部屋との境はなくて 自分の爪を切るってことは誰かの爪を切るってことだから さっき投げ捨てた自

          ミルクティー

          ネイビーブルー

          遺書を書く癖があって、でも破る癖もあるから、彼は生きている。 カステラみたいなマンションに住んでてね、冬は紺色のコート、夏は紺色のTシャツを着てるから、紺色が好きなんだなと言うと、 「不思議なことを言う奴だ」 などと彼は言って、紺色の自転車にまたがって漕ぎだすのです。 彼の部屋には本以外、ほとんど物がない。 家具がない、調理器具がない、カーテンもないもんだから、脱いだコートはカーテンレールに吊るさざるを得ない。 常に何かを諦め続けているような顔をして、髪はクシが折れそうな

          ネイビーブルー

          星を買いに

          「きのう、星を買ったの」 彼女がキャベツを刻みながら言った。 冷蔵庫のドアを閉じて聞き直す。彼女は同じトーンで同じことを言う。 僕は少し考えてから「そういうの、楽しいね」と言い、もう一度冷蔵庫のドアを開いて缶ビールをひとつ取り出し、ソファーに座ってテレビをつけた。やがて彼女が生姜焼きをテーブルに運んできた。僕らは鉄道の旅番組を見ながら、それを食べた。 ビールを空にした後、「さっきの話だけど」と僕は言った。 「なに?」 「星を買ったとかいうの」 「ああ、押入れに入ってる。でもま

          星を買いに

          京子の場合

          京子は心中穏やかでなかった。バスが目的地に着くのかどうか。 運転手の案内は早口で聞き取れなかったし、誰かに尋ねようにも車内には、うな垂れてぴくりとも動かない老婦人が一人、漫画本に夢中の小さな男の子が一人、左後ろの中年男性にいたっては溜息をついてばかりで、もしや私の座り方に腹を立てているのかしらと、何度も座り直そうにも、座席の正しい座り方など知らないもので、何をどうしても間違っている気がしてしょうがない。 そうこうしているうちに、『玄関の鍵は掛けてきたか』という新たな不安がやっ

          京子の場合