夏影
時計の針だけを見つめていた。
何日経ったのか、このままだと壊れてしまうことにようやく気付き、地味なアルバイトを始めた。
そこで僕は彼女と出会った。
恋人同士の関係になっても、彼女は裸になるのを拒んだ。幼少期に負った火傷の跡があるという。僕がそれを目にしたのは、付き合って半年が過ぎた頃だった。
一切驚かないと約束していたのに、そうは出来なかった。背中と脇腹、そして太腿の皮膚は捻れたり縮んだりしており、まるで激しく流動するマグマのようで、誰も寄せ付けないほど悲劇的だった。
大人が目を離した隙に、煮えた鍋をひっくり返したのだと、彼女は背中を向けたまま言った。
「元旦のことでね、親戚連中が泣き叫んでたの覚えてる」、彼女はそう静かに言い、僕は慎重に部屋の灯りを消した。
完全な無音。それがどれぐらい続いたのか。僕は自分の部屋で、時計の針を見つめているような気分だった。言葉を探したかった。けれどそうはしなかった。気付くと彼女が話し始めていた。
「プールサイドで見たもの、よく覚えてる」
確かそんな風に。
小学生の頃から、水泳の授業はすべて見学していたと、彼女は言った。プールサイドからの景色――たとえばフェンスの向こうに広がる緑や、先生の吹く笛やセミの鳴き声、自由時間にはしゃぐ友人たち、光る水面、ぺたぺたという足音、風がどこから吹いて、どこに抜けていったか――そんなことたちを、彼女は思いつくままに並べていった。その中で、小学生の彼女は高校生になり、中学生に戻ってから、また高校生になった。
僕は天井に視線を漂わせながら、いつまでもその影を追った。彼女は時々振り返って、くすくすと笑った。
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