そして誰もダイエットできなくなった
日本は長引く不況に喘いでいた。物価は上がり、給料は増えない。人々は口を揃えて『もうダメだ』と呟き、政府の発表を皮肉に聞き流す日々が続いていた。
ある日、スーパーでN氏(これは星新一作品風のネーミングです)は、カップラーメンを手に取った。軽い。妙に軽い。お湯の量も少し減っている。『新商品!さらに美味しくなりました!』とパッケージには書かれているが、内容量の減少には触れていない。
『まさか…』N氏は首を傾げた。だが、深くは考えなかった。
それからのことだった。毎日少しずつ、ほんの少しだけ、食品のカロリーが減っていった。1日1キロカロリーずつ。それが誰にも気づかれない速度で進んでいたのだ。メーカーは、最新のナノテクノロジーを駆使して、味や食感を変えずにカロリーだけを削減していた。
人々は変わらず満足して食べていた。むしろ体重が少し減ったことに喜ぶ者もいた。
厚生省は世界に向けて『日本は健康先進国だ』と誇らしげに発表した。だが、数ヶ月もすると、奇妙なことが起き始めた。通勤電車では疲れ切った顔が増え、会社では生産性が落ちた。学校では生徒が次々と倒れた。
『これはまずいぞ』N氏は思った。
彼は栄養学者だった。何かがおかしい。N氏は食品の栄養価を徹底的に調べ、ついにカロリー削減の事実を突き止めた。しかし、メディアに発表しようとしたところで、『根拠が不十分』と退けられ、SNSに投稿してもすぐに削除された。『陰謀論』と一蹴されたのだ。
それでもN氏は諦めなかった。ビラを配り、街頭で訴え続けた。『みんな、気づいてくれ! 私たちはゆっくり飢えているんだ!』
だが、通行人は彼を避けるように通り過ぎるだけだった。疲れた顔、誰一人として耳を貸さない。
やがて、公園は子どもたちの笑い声を失い、街角のカフェも次々と閉店していった。それでも政府は『日本は繁栄している』とメディアに言わせ続けた。
N氏は最後のパンを手に取った。薄く、風のように軽いその一片を口に運ぶが、何も感じない。ただ、空腹だけが静かに残った。
そして誰もダイエットできなくなった
武智倫太郎
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