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日産に学ぶ病理学:日産経営危機から得られる教訓(4)
『日産に学ぶ病理学』シリーズの第一話では、日産の経営危機を分析し、問題解決の可能性を判断するツールとして『四層病理モデル』を考案しました。このモデルの最大の特徴は、企業・業界・国家など各層における経営環境を社会病理学的な視点から分析し、経営悪化や破綻の原因を特定できる点にあります。
ところで、皆様から頂いた貴重なコメントを通じて、このモデルには重大な欠陥があることが判明しました。それは、この病理モデルには『オランダ病』に類した『日本病』といった視点が欠けていた点です。この欠陥を補うため、『四層病理モデル』に新たな視点を加え、『五層病理モデル』としてアップデートを図ります。
『オランダ病』とは?
『オランダ病(Dutch Disease)』とは、天然資源の発見や急激な外貨収入の増加が国内の製造業など非資源部門に悪影響を及ぼす経済現象を指します。この名称は、1960年代にオランダで北海油田の天然ガスが発見され、その収益が急増した結果、製造業が衰退した事例に由来しています。
主なメカニズムは、次の通りです。
1.資源収入による為替レートの上昇
資源収入の増加により通貨が過度に高騰し、製造業などの輸出競争力が低下します。
2.経済の資源依存
資源に依存する産業構造が多様性を失い、資源価格の変動に大きく左右される状況が生まれます。
3.公共財の誤配分
資源収入が短期的な利益を追求する政策に使われ、長期的な成長を阻害する結果を招きます。
このような国家病理は、化石燃料や地下資源の豊富な国々でも同様の症状が見られ、『オイルの呪い』や『資源の呪い』とも呼ばれています。
『日本病』とは?
『日本病(Japan Disease)』は、オランダ病に類似した現象を日本特有の経済・社会構造に当てはめた概念です。明確な定義はまだ確立していないので、これから条件を定義する必要がありますが、以下の特徴が挙げられます。
1.過剰な内部志向
日本の企業や政府は、国内市場や規制に過度に依存する傾向が強く、その結果、国際競争力が低下しています。特に製造業や輸出産業が強かった時代の成功体験が、国内志向を固定化させる一因になっています。
さらに、日本国内でのみ通用する独自規格や製品開発に注力する『ガラパゴス化』も、この傾向を助長しています。この『ガラパゴス病』の影響で、日本の製品やサービスは国際市場での競争力を欠き、グローバル展開の機会を逃す事例が増加しています。
2.ジャパンファンタジー
この国家病理は、かつて韓国特有の『ウリナラファンタジー』として知られていた現象に類似していますが、日本固有の要素を持っています。ウリナラファンタジーとは、韓国が自国の歴史や文化、起源に関して科学的・歴史的な根拠に乏しい主張を展開し、他国の文化や歴史を自国起源とする現象を指します。
一方で、ジャパンファンタジーとは、以下のような日本に特有の病理を指します。
(1) 『技術立国日本』『クールジャパン』『日本文化が世界最高』といったファンタスティックな主張をし続ける。
(2) 日本が抱える経済停滞や国際競争力の低下といった現実を直視せず、過去の成功体験に固執する。
(3) この結果、問題を正確に認識できず、適切な対策が遅れ、経済や産業の悪化が進行する。
『日産には国際的なブランド力や、すごい技術があるはずだ』という過去のイメージに基づく『日産ファンタジー』も、ジャパンファンタジーの一部と言えます。
たとえば、ドナルド・トランプが『Make America Great Again』を壊れたレコードのように繰り返していたのを真似て、現代のポルトガル人が大航海時代の栄光を回顧しながら『Make Portugal Great Again』と主張し続けたら、世界中の笑いものになるでしょう。同様に『Make Japan Great Again』とジャパンファンタジーを唱える人々の主張も、ポルトガルの回顧と同じくらい滑稽です。
まずは、日本が置かれている現実を的確に把握することが不可欠です。過去の成功体験に固執するのではなく、現実に即した課題を直視しなければ、国際競争で勝利を収めることはできません。
停滞するイノベーション
バブル崩壊後の『失われた30年』に象徴されるように、経済成長が停滞し、イノベーションへの投資が減少しました。その結果、次世代産業への転換が遅れ、世界市場での競争力を失いつつあります。
人口減少と高齢化
日本は急速に進む人口減少と高齢化に直面しています。これにより、労働力不足や社会保障費の増加が経済を圧迫し、国内消費の縮小や人材不足を通じて産業の活力が削がれています。
過剰な規制と調整の文化
企業間や官僚組織内での過剰な調整文化が、新しいアイデアや改革の導入を妨げています。このような文化は、迅速な意思決定が求められるグローバル市場において、大きな障害となっています。
五層目としての『日本病』
『五層病理モデル』の新たな要素として『日本病』を追加することで、以下の視点を取り入れることができます。
経済構造の硬直化:オランダ病と同様に特定の成功体験に依存し、多様性や柔軟性を失う現象
社会的要因の影響:高齢化や人口減少といった社会問題が、経済の持続可能性に及ぼす影響
グローバル適応の遅れ:国際競争力を阻害する文化的・構造的要因
これにより、日産の経営危機や日本経済全体が抱える課題を、より包括的に分析できる道筋が示されるでしょう。
こうして『五層病理モデル』へとアップデートすることで、日産の経営危機や日本の経済停滞の本質に迫ることが可能になります。このモデルは、オランダ病と日本病の観点を含むことで、企業や国家が抱える病理の新たな側面を明らかにし、効果的な解決策を模索する手助けとなるでしょう。
また、このように情報を公開することで、読者の皆様が問題点を発見し、迅速に改良を加えられる点が、noteで記事を書く最大のメリットです。これは、ソフトウェア開発におけるオープンソース開発と同様の利点を持っています。
日本語固有の問題とマスメディアの機能不全
私の専門分野は環境とエネルギーであり、EVの動向を調べる際には『BYD+GWh+バッテリー』の複合条件で検索するのが最も簡単です。しかし、この条件でGoogleのNews検索を行っても、1件もヒットしないという驚くべき事実が判明しました。
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多くの日本の経営者や政治家は、英語の情報ではなく日本語の新聞や週刊誌、NHKのニュースを主な情報源としているため、このような検索結果が得られないことは、以下のような基本的課題を理解していない可能性を示唆しています。
BYDのEV乗用車の年間販売台数の推移
2022年:91万台
2023年:120万台(前年比 +31.87%)
2024年:177万台(前年比 +47.50%)
BYDのバッテリー生産能力の推移
2022年:70 GWh
2023年:100 GWh(前年比 +42.86%)
2024年:150 GWh(前年比 +50.00%)
日本語情報への過度な依存
国際的な技術動向やトレンドを十分に把握できず、情報ギャップが生じています。これが意思決定における遅れや誤解を生む一因になっている可能性があります。
将来の技術革新への備え不足
リチウムイオン電池ではなくナトリウムイオン電池が普及する時代の到来に対し、日本の逆転劇を期待する声もあります。しかし、中国は技術開発や生産能力で既に先行しています。主要企業が生産ラインを拡大したり、コスト削減技術を導入したりすることで、ナトリウムイオン電池の市場化へ向けた動きが加速しているのです。一方、日本は明確な戦略が不足しているのが現状で、この分野でも中国に太刀打ちできない可能性が高いといえます。
サンクコストバイアスによる設備投資の硬直化
日本特有の問題として、リチウムイオン電池向け設備に巨額の投資を行った企業は、その設備を活用し続ける道を選ばざるを得ないケースが見られます。結果的に新技術の導入が遅れ、たとえ基礎技術が優れていても、実際の市場で競争力を持つ製品として商品化されるかは不透明です。
EVバッテリー製造の複雑性
バッテリーはエンジンやパソコンと比べて比較的少ない部品で製造できると言われます。ところが、実際には陰極材、陽極材、セパレーター、筐体、電解質、バインダー、集電体、添加剤、保護フィルム、熱管理部品、センサー、BMS(バッテリー・マネジメント・システム)、封止材などは異なるメーカーが供給しており、統合して製品化するには部品間の互換性の確保や量産技術の確立など、多くの課題をクリアしなければなりません。特にナトリウムイオン電池のような新技術では、既存のリチウムイオン電池の製造設備との整合性が取れないケースが多く、新たな設備投資が必要になる可能性が高いです。
商品化にあたっては、コスト競争力や耐久性、安全性などで既存のリチウムイオン電池を上回る明確なメリットを示す必要があります。しかし、中国ではすでにナトリウムイオン電池に対応する生産ラインの整備や技術革新が進んでおり、日本が競争に遅れる可能性は極めて高いです。
EVバッテリーの多岐にわたる応用範囲
EVバッテリーは、以下のような分野で活用されています。特に、中国の『寧徳時代新能源科技(CATL)』と『比亜迪(BYD)』の2社は、これらの用途のバッテリー市場で世界シェアの過半数を占めており、非常に大きな影響力を持っています。
電気自動車(EV・BEV・ハイブリッド車)
乗用車:主要用途であり、多様なEVモデルに搭載
商用車:電動バス、トラック、物流車両などでの採用が進行中
高性能車:スポーツEVやラグジュアリーEVでの利用
エネルギー貯蔵システム(ESS: Energy Storage System)
住宅用エネルギー貯蔵:太陽光発電システムと連携し、昼間の余剰電力を夜間に活用
商業用エネルギー貯蔵:オフィスビルや工場の電力コスト削減など
大規模エネルギー貯蔵:再生可能エネルギーを蓄電して安定供給
モビリティ関連
電動バイク・スクーター:短距離移動や都市部での環境負荷低減
ドローン:物流や測量、映像撮影などに活用
電動船舶・フェリー:航続距離や持続可能性の向上に寄与
航空分野
電動航空機:都市間移動用エアモビリティ(eVTOLなど)に活用
工業用機器
電動フォークリフトや建設機械、農業機械への導入
ポータブル電源
アウトドア用や災害時の非常用電源として利用
再利用(セカンドライフバッテリー)
使用済みEVバッテリーをESSなどに再利用する取り組みが進行中
つまり、日産のEVが中国のBYDやアメリカのテスラ、さらには新興国のEV産業と比較して競争力を欠いているからといって『トヨタやホンダのハイブリッドが成功しているため、日産が注力していたEVには将来性がない』とする主張は完全に誤りです。EVの可能性を評価する際には、自動車単体の性能や市場動向だけでなく、車載バッテリーの用途や再生可能エネルギーの効率的な利用といった広範な視点から判断する必要があります。
世界の再生可能エネルギー事情とソーラー発電
日本ではソーラーパネルを設置するための適切な場所が限られているため、無理に大規模ソーラー発電所を建設することで土砂災害や環境破壊といった問題が発生しています。一方、中国にはゴビ砂漠のような広大で未利用の土地があり、これをソーラー発電用地として有効に活用できます。
この条件は中国だけでなく、インド、オーストラリア、アフリカ諸国、南北アメリカ大陸の乾燥地帯でも同様です。これらの地域では、ソーラー発電コストが既に石炭発電を大幅に下回り、再生可能エネルギーの競争力が一層高まっています。
BYD(比亜迪)の成長事例
BYDは、欧州市場への進出を強化するため、以下の国々にEV関連の工場を設立しています。
ハンガリー
電動バス工場:2016年にコマーロムに設立、稼働中
バッテリー組立工場:2023年6月、フォートに建設計画を発表
乗用車工場:2023年12月、セゲドに新エネルギー乗用車の生産拠点を建設すると発表し、2024年1月30日に土地購入契約を締結
トルコ
2024年7月に10億ドルを投じてEV工場を設立する契約を締結。年間15万台の生産能力を持ち、2026年末までの生産開始を目指す
これらの投資により、BYDは欧州市場での現地生産体制を強化し、関税や物流コストの削減、需要への迅速な対応を図っています。
中国・新興国メーカーの欧州進出
BYD以外にも、欧州市場への進出を目指す新興国の有望なEVメーカーが複数存在します。以下に最新の動向をまとめました。
蔚来汽車(NIO)
・新ブランド『Onvo』を立ち上げ、2025年初頭の英国市場参入を計画
・テスラのモデルYに対抗するクーペSUV『L60』を展開予定
小鵬汽車(XPeng)
・デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなどでG9、G6、P7を販売中
・EUの関税措置が拡大計画に影響する可能性あり
零跑汽車(Leapmotor)
・都市向けコンパクトEV『T03』を約18,900ユーロで欧州販売
・ステランティスとの提携によりポーランドでの現地生産を計画
小米汽車(Xiaomi Auto)
・2030年までに欧州市場進出を計画中
・具体的モデルや販売戦略については今後の発表に注目
シャオミ(小米:Xiaomi)は、過去にファーウェイを後追いする形で市場に参入しましたが、その後、競争で優位に立ち、逆転を果たした実績があります。このように、後追いから逆転することはシャオミの得意技であり、同社の成功パターンと言えるでしょう。今後、小米汽車が自動車業界でどのように競争を繰り広げるのか注目されます。
これらの企業は現地生産や新ブランドの展開などを通じ、欧州市場でのシェア拡大を目指しています。一方、EUの関税措置や市場競争の激化など、克服すべき課題も存在します。
インドや東南アジア勢の動き
中国以外の新興国メーカーも欧州市場への進出を目指しています。以下に注目すべき企業を挙げます。
タタ・モーターズ(インド)
・インド最大の自動車メーカーでEV市場にも積極的
・英国の高級車ブランド『ジャガー・ランドローバー』を傘下に持ち、欧州でのEV展開を強化
マヒンドラ&マヒンドラ(インド)
・電動SUVの開発を進め、欧州市場投入を計画
ヴィンファスト(ベトナム)
・ベトナム初の自動車メーカーとして国際的なEV展開を計画
Togg(トルコ)
・欧州市場へのEV輸出を目指し、生産体制を強化
プロトン(マレーシア)
・約10年ぶりに英国市場へ再参入を計画
・新型EV『e.MAS 7』を19,475ポンドから販売予定で、最大航続距離は約409km
タイのEV市場
市場拡大と競争激化
2023年のバッテリー式電気自動車(BEV)の新規登録台数は、前年比7.8倍の76,000台。2024年上半期も2桁増となり、BEVの普及が急激に進んでいます。中国系メーカーのBYD、GWM(長城汽車)、テスラなどの最新BEVが人気を集めています。
現地生産の本格化
タイ政府のBEV優遇政策『EV3.0』の恩恵を受け、各メーカーが現地生産を開始。たとえばBYDは2024年7月にタイ工場を稼働させ、現地生産車の供給を本格化しました。
これらの動きは、東南アジアの自動車メーカーが欧州市場や地域内のEV市場拡大を目指す兆しを示しています。特に、プロトンの英国市場再参入は、同社の国際展開における重要なステップとなるでしょう。
まとめ
日産の経営危機や日本のEV戦略について考察するうえでは、オランダ病に加えて日本特有の『日本病』を意識することが重要です。『五層病理モデル』という分析フレームワークにより、日本経済の停滞や企業の国際競争力低下を多層的にとらえられます。
さらに、EVを含む再生可能エネルギーやバッテリー技術は世界的に急速な進化を遂げており、中国や新興国をはじめとする多国籍企業が欧州市場へ積極的に参入するなど、グローバル規模での競争は今後も加熱していくでしょう。
こうした国際的な動向を正しく理解し、日本独自の課題(人口減少や高齢化、サンクコストバイアスなど)を踏まえた上で戦略を練らなければ、日本の企業や経済が一層苦境に陥る可能性があります。情報をオープンに共有し、課題を正しく認識する姿勢こそが、さらなる改良と発展へ向けた第一歩になると考えています。
武智倫太郎