大規模言語モデル(LLM)の性能と応用例の課題(1)
LLM(大規模言語モデル)は高い言語処理能力を持ち、機械翻訳、文章要約、質問応答、感情分析など、多岐にわたる自然言語処理タスクで優れた成果を上げています。さらに、LLMは知識抽出やコンピュータプログラミングのコード生成など、他分野への応用も実現しており、対話型のAIアシスタントや、他の生成AIとの組み合わせにより様々な分野で活躍しています。
しかし、LLMには課題も存在します。長い文章や複雑な問題に対する理解力の限界や、学習データに含まれるバイアスがモデルに反映される問題が挙げられます。今後の研究によって、これらの課題が解決されることが期待されており、LLMの応用範囲がさらに拡大することが予測されています。一部のLLMは既に長文に対応していますが、長文に対応すると、それに反比例するように理解度や分析力が下がるトレードオフの関係にあるため、用途に応じて適切なLLMを選ぶことが重要です。
ところで、一般的なLLMは、ポジティブな側面とネガティブな側面を平等に回答し、可能な限り中立的な回答をするようにバイアス補正機能が強化されています。この機能は一般ユーザ向けのLLMにとっては重要ですが、人間が容易に模範解答を手に入れることが習慣になると、自ら思考する能力が劣化するリスクが多くの有識者から指摘されています。
一方で、多くの人々は特定の問題に対して、ネット右翼やネット左翼と呼ばれている人々のように、偏った考え方に流されやすい傾向があります。一般論として、日本は米国のような二大政党制の国家と比較すると、比較的様々な情報から情報を判断する傾向がありますが、それでも個々人が所属している企業や業界団体、宗教団体、支持政党、自分の考え方に近いインフルエンサーの意見などによって、自分でも気が付かないうちに偏見の掛かった思想や発想を持っている人の方が圧倒的に多いです。
このような偏った意見を補正するうえでも、LLMの回答が役立つことがありますが、多くの人が求めているのは、多様な意見ではなく、特定の問題に対する唯一の正解(ベストな選択肢)なので、複数の可能性を提示されると混乱する人も少なくありません。情報爆発は近年始まったことではありませんが、LLMの普及に伴い人間にはさらに高度な情報リテラシーを身に着けることが求められる時代になっています。
LLMは一見、膨大な情報を的確にサマライズして、人間の判断速度を上げるように思われがちですが、ここに大きな落とし穴があるので、現代社会では情報リテラシーにも増して、AIリテラシーの向上が重要なテーマです。
政治におけるLLMの積極的活用について
LLMによるテキスト解析を用いた感情分析技術は、政治家や政党が選挙戦略や政策決定に役立てることができます。SNSなどのデータを分析することで、有権者の関心や意見を把握でき、政党が発信する政策やキャンペーンに対する反応や、他の政党や政治家に対する評価を分析することで、政策の改善やキャンペーンの展開方法を検討できます。
また、選挙期間中には、有権者の感情を把握することで、選挙キャンペーンの展開方法を最適化することができます。感情分析技術を活用することで、政治家や政党が有権者のニーズに応えた政策を提供できます。
以上はLLMを政治活動に積極的に活用しようとしている政治家や官僚が、発信しているポジティブな側面の一例です。ここで説明を止めてしまうと、これまでこのブログを愛読していただいた読者の皆様は、筆者がネガティブな側面について言及していないことに違和感を覚えると思います。
しかし、もし上記の説明だけで違和感を覚えないのであれば、それはAIリテラシーの向上が必要であることを示しています。したがって、この事例のネガティブな側面についても、読者自身が考えてみてください。
本稿は読者が自らAIリテラシー問題を考える習慣を身に着けることを目的として書かれています。しかしながら、感情分析技術を政治活動に活用する際には、一般的なAIリテラシーの概念とは異なる問題がいくつか存在します。以下では、政治のAI利用に伴うAIリテラシーの盲点となりそうな点について説明します。
1.個人情報保護とプライバシー
政治家や政党がSNSなどのデータを分析する際には、個人情報の保護やプライバシーの問題が重要になります。AIによって個人情報が無断で収集・利用されることは、法律や倫理に違反する可能性があります。政治家や政党は、適切な方法で情報収集や分析を行うことが必要です。
日本国の個人情報の保護に関する法律においては、個人情報取扱事業者等のうち、憲法上保障された(1) 表現の自由、(2) 信教の自由、(3) 政治活動の自由に関わる報道機関(報道活動)、著述業(著述活動)、宗教団体(宗教活動)、政治団体(政治活動)が個人情報等を取り扱う場合には、個人情報取扱事業者等の義務は適用されないことが規定されています。
しかし、政治団体も適切な情報収集や分析を行う責任があり、その他の法律(不正競争防止法や電気通信事業法など)に抵触しないように注意する必要があります。
(1) 個人情報の保護に関する法律
(適用除外)
第57条 個人情報取扱事業者等及び個人関連情報取扱事業者のうち次の各号に掲げる者については、その個人情報等及び個人関連情報を取り扱う目的の全部又は一部がそれぞれ当該各号に規定する目的であるときは、この章の規定は、適用しない。
一 放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関(報道を業として行う個人を含む。)報道の用に供する目的
二 著述を業として行う者 著述の用に供する目的
三 宗教団体 宗教活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的
四 政治団体 政治活動(これに付随する活動を含む。)の用に供する目的
(2) 不正競争防止法
第2条 第1項(不正競争行為の定義)および同法の第2項(不正競争行為の例示)が適用される可能性があります。これは、他人の技術情報(個人情報を含む)を不正に取得、開示、利用する行為が不正競争行為とされています。
(3) 電気通信事業法
第4条(通信の秘密の保護)が適用される可能性があります。この条文は、通信の秘密を侵害することを禁じており、無断で電子通信データ(SNSのプライベートメッセージなど)を取得・利用する場合、この法律に違反する可能性があります。
(4) 不正アクセス行為の禁止等に関する法律
第2条(不正アクセス行為の禁止)が適用される可能性があります。この条文は、特定の電子計算機への不正アクセスを禁止しており、個人情報や通信データを不正にアクセスして取得する行為が該当します。
2.情報の偏り
感情分析技術を用いる際には、SNS上の意見が全体の意見を代表していると過信しないことが重要です。SNSユーザは年齢、性別、地域、教育水準などに特定の傾向が見られることがあり、そこから得られるデータが全体像を反映していないことがあります。また、ボットや偽アカウントによる操作も懸念されます。政治家や政党は、他の情報源も参照し、情報の偏りを認識することが重要です。
3.偽情報・誤情報の拡散
AI技術を用いて感情分析を行う際には、偽情報や誤情報の拡散に注意する必要があります。これらの情報が含まれると分析結果が歪む可能性があり、政策決定や選挙戦略に悪影響を及ぼす可能性があります。政治家や政党は、情報の正確性を検証し、誤った情報に基づく判断を避けることが重要です。
4.AI技術の透明性と説明責任
政治家や政党がAI技術を用いて感情分析や意見収集を行う際、その技術の透明性や説明責任が問題となります。特に、AI技術が政策決定や選挙戦略に影響を与える場合、その根拠やプロセスが明確であることが求められます。政治家や政党は、AI技術の使用方法やその結果に対して説明責任を果たすことが重要です。
5.選挙運動の公平性
AI技術を用いた感情分析や意見収集が選挙運動における公平性に影響を与える可能性があります。例えば、一部の政治家や政党が高度なAI技術を独占している場合、選挙運動の公平性が損なわれる可能性があります。また、AI技術を用いた情報操作やデマの拡散が選挙戦略の一部として利用されることも懸念されます。選挙管理委員会や関係機関は、AI技術の適切な使用に関するガイドラインを策定し、選挙運動の公平性を維持することが求められます。
6.過剰なプロファイリングと差別
AI技術による感情分析や意見収集が過剰なプロファイリングや差別につながる恐れがあります。特定の層や属性に過度に依存した政策決定や選挙戦略が展開されることで、社会的な分断や差別が助長される可能性があります。政治家や政党は、AI技術を用いた分析結果に過度に依存せず、多様な視点を持ち、社会全体を考慮した政策決定や選挙戦略を展開することが重要です。
7.技術への過度な依存の危険性
AI技術を用いた感情分析や意見収集が、政治家や政党の判断力や直感を鈍らせる可能性があります。AI技術の分析結果に過度に依存することで、人間の直感や経験に基づく判断が疎かになり、適切な政策決定や選挙戦略が妨げられる恐れがあります。政治家や政党は、AI技術をあくまで補助的なツールとして活用し、自らの判断力や直感を養い、バランスの取れた意思決定を行うことが求められます。
以上のように、AI技術を政治活動に活用する際には、個人情報の保護やプライバシー、情報の偏りや誤情報の拡散、AI技術の透明性と説明責任、選挙運動の公平性、過剰なプロファイリングと差別、技術依存の危険性など、様々な問題に注意を払う必要があります。政治家や政党は、これらの問題を十分に考慮し、適切な方法でAI技術を活用することが求められます。
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